風謡いの聖典:おぞましくも美しきもの

地下に埋葬された死者の上で虫が肥え、地上の美の宴会を支えているのを見るのに、美しき花から遠くを見る必要はない。こういった真実は神々にも知られている。闇なきところに光はなく、死のないところに生はなく、悪なきところに善はない。神々の内の最初の者の一柱として、これらの真実は栄えあるデズナ、『天球の音楽』の美徳である。彼女は、ある者にとっての美が、他の者にとっては惨めな侮辱であるかもしれないということを知っており、教えてくれる。美しさと恐怖は同時に存在することがある。美と恐怖は同じであることもある。

しかし、騙されてはならない。美と恐怖は等しいわけではない。丁寧に磨かれた刃の豪華さに驚嘆するのに、肉を切られる痛みに耐える必要はない。あるいは、君は孤独な平和を楽しむために、孤独の痛みに苦しむことはない。デズナが教えるには、享楽と人生の歓びを享受することは罪ではない。君は至福のために恥辱を支払う必要はなく、あらゆる美の中に横たわる恐怖を恐れるべきではない。

なぜなら、忌むべき『蜘蛛糸の王』グラウンダーを覆い隠された夢から目覚めさせた時、デズナ自身もそれを学んだのだから。

蝶の翅持つ自由と幸運の女神デズナは、脚と針を持ち、憤激する昆虫めいた怪物である『蜘蛛糸の王』と、星々を背にして戦う。

遥かな昔、最初の定命の者が死すべき定めの夢を夢見るずっと前、神々はまだ若く、学ぶべきことが多くあった。世界という世界はまだ蒼穹に掲げられておらず、こうした世界の最初のものは、デズナが『狭間のもの』を漂流し、夢見て喜ぶ時に、なおも織りなされる途中であった。

その時分には、エーテル界はゴーストの世界ではなかった。というのも、生者の中で死すべき定めの魂を失ったものはなかったからである。また、現世の世界はまだ作り出されていなかったため、『次元界と次元界の狭間』でもなかった。それは最初から、そして今もなお、『狭間のもの』イン=ビトゥイーンであった。完全な夢の世界ではなく、完全な覚醒の世界でもない。デズナが『狭間のもの』で目にしたこうした景色は彼女の心を惹きつけた。そしてやがて、彼女は触発されて、十三星座の中心にサイノシュア(訳注:デズナのデミプレインで、ゴラリオンの北極星)そのものの光を灯すのである。

そしてそれで、彼女が歓びながら徘徊している間に、『天球の音楽』は一人きりで漂流する、きらきらと輝くものに行き合い、それに魅了された。そこには、きらきらと光る絹糸の束で出来た素晴らしい卵があった。絹糸の束はそれぞれ、捻れて滑り落ち、同胞に対して歌い、定命の者がこれまで見たことのないような多くの色で輝いていた。デズナはその形を、織り布であるとご覧になったが、糸には始まりも終わりもなかった。まるで、単に、一本の、有り得ないほど、もつれた糸として一度に作られたかのようだった。

デズナは単純にそれを見つけるだけで満足することなく、それの上に身を寄せた。触れれば温かく、その滑らかな表面に沿って手を滑らせれば、心地よい手触りがした。そして彼女がそれを抱いた時、彼女はそれが覆いであったことを知った。それは、もっと大きな不思議を中に秘めた覆い布であったのだ。このちょっとした薄い絹の重なりの中に、見ることの出来ないどんな素晴らしいものが横たわっているのだろう? どのような未知の啓示がこの、見慣れぬ、ちかちかと光る虚ろを旅したものの中に待ち受けているのだろう? デズナは悪の野蛮さと怒りに満ちた怨恨を知っていた。そういった悪しきものは始まりより存在していたからだ。彼女は知っていた。束を引っ張って、織布の心配をしている時ですらも、この魅力的なものが、同じくらいに悪しき何かであるかもしれないと。だが、彼女はそういったしつこい考えに気を払わなかった。

彼女が『蜘蛛糸の王』の繭を開け、そしてグラウンダーが出現すると、デズナは初めて、悲しみと後悔を知った。

グラウンダーは第五元素から這い出てきた:目玉と口がある――かつて口であった目玉だ;脚と舌がある――かつて舌であった脚だ;飢えと憎しみがある――かつて憎しみであった飢えだ。グラウンダーは『天球の音楽』を利用した。彼女は飢えた翅と切り裂く歯を無視したが、グラウンダーは永遠に永遠を重ねて待ち続け、その飢えは抗いがたい程であったため、更に多くの器官が貪欲に空気をかき乱した。グラウンダーが必死の吸い込みによって餌にありついた時、それがデズナの信仰の恩寵を貪ったため、その翼は広がり、デズナは再び美を目にすることとなった。何故なら、『蜘蛛糸の王』の虹色のはねは、その目覚めの前にデズナの目を捉えたのと同じ、輝く美しさをたたえていたのだから。

デズナは自らグラウンダーを殺すことが出来なかったが、彼が痛みと苦しみをもたらす大きな飢えであることを知っていた。そしてこのため、デズナは自らの強大な力を引き出してグラウンダーを『狭間のもの』から追放した。そして『蜘蛛糸の王』は内方次元界から遥か遠くの『外なる裂け目』に追いやられ、くすぶっている。『外なる裂け目』は、その覆い布が永遠に引き裂かれた今、彼の要望に対して寛容な場所なのである。

デズナはその直後に『狭間のもの』を去り、世界という世界の創造のさなかに、彼女は現世の美しさを思い出させてくれるものをもっと見出したが、常に『蜘蛛糸の王』の教えは残っていた。大いなる美の中にすら、大いなる恐怖が潜む――そして、大いなる恐怖の中に、大いなる美を見出す者もいるかもしれない。

『蜘蛛糸の王』は静かに生きている。彼の信者は、無視された社会の割れ目で横行しており、彼らは噛み付いている蛆虫の耳障りな口づけや、喉を乾かせて吸い付くヒルに、神の顔を見る。それでも、医師は生きている者を壊疽から救うために蛆虫を使うのでは? 外科医は炎症を起こした肉を腫れ上がらせないためにヒルを使うのではないか?

デズナの信者は『蜘蛛糸の王』のような者のカルトに対して絶え間なく戦うのに孤独ではない。だが、デズナは今、恥ずべきこととしてではなく、現世に悪を解き放ったという過ちを指し示す最初の者である。それは、学ぶための機会であったのだ。生きて、間違いを犯し、発見した試練を成長の機会として受け入れ、教え、うまくやっていくことは、抑圧し、忘れることよりも常に良いことである。

そして、グラウンダー信仰の最も神聖な衣類―ローブとして共に織り込まれた数千の血を吸う蚊―を身にまとっている献身者は確実に怖気を起こさせるが、こうした蜘蛛糸の翅のそれぞれにある何か美しいものが、夜空に瞬くの星の光のように輝かないとは言えないのではないか。


作者について
James Jacobsはパスファインダーのクリエイティブ・ディレクターである。彼はゴラリオンの想像の始まりに立ち会ったが、この世界の英雄と悪党によって信仰されている神格の多くは既に何十年も前から存在していた。デズナやロヴァガグ、サーレンレイにアーバダー、アチャケクとゾン=クーソンのような神々は80年代後半と90年代初期のJamesのホーム・キャンペーンでPC達やNPC達の間で最初に信仰されていた。それらをパスファインダー世界の神格として共有し、プレイヤーやクリエイター達がその神々を好きになったり、嫌いになったり(あるいは神々のコスプレをしたり)したことが、経歴のハイライトである。

風謡いの聖典について
ヴァリシアのロスト・コーストの北端にある風謡いの修道院は、20近くの異なる信仰を持つ司祭達によって維持されている、信仰間の議論をするための場所で、仮面の修道院長によって率いられている。失われし神託の時代の始まりに、風謡いの修道院はその信者の戦いと逃亡という苦難を経験したが、今日では再興し始めている。新しい仮面の修道院長は新たな聴衆を導き、風謡いの聖典―神々そのものの寓話―が再び、修道院の壁に記録され始めた。これらの聖典の中には、ゴラリオンの神話や伝説として示されている者もある。真実もあるかもしれないが、偽りもあるだろう。どれが真実でどれが偽りであるかは、信者が決めることになっている。

公式ブログ


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