ケッチは生い茂った修道院の植え込みを除いて、にやりと笑った。
「ここがその場所に違いないぞ!」
「そう思うのか?」
ウィックが矢筒から矢を抜いて、それを叩く。
「最初の手がかりは何だったのかな。檻の中で惨めに暮らす友人達か、奴らが壁に描いたファイアブランドの落書き、それとも、現場を取り押さえたらしいハイエナフォークの奴隷商人達か?」
ケッチはウィックの皮肉に長い口ひげを引きつらせた。
「このタチの悪い連中と他の奴隷商人どもがこの地域で作戦を展開しているって報告はもの凄くいっぱいあるから、ここからじゃ、檻の中にいるのがコリフの乗組員かどうかなんて本当のところは分からないだろ。俺はあの壁の青い、交差した大きな剣に従うつもりだぜ。俺達の友じゃなかったとしても、明らかに誰かが助けを必要としているんだからな」
「二人とも、抑えて抑えて!」
ラヤリの黒い瞳がその顔を覆うスカーフの上で、黒曜石の欠片のようにきらめく。彼女は、主人に不遜な口をきいたかどで奴隷の時に受けた傷を隠すためにスカーフを身に着けていた。ゴラリオンにもし、彼女が奴隷商人よりも嫌うものがあるとしたら、それが何かケッチには分からない。
「7人の奴隷商人まで数えたわ。廃墟の中にはもっといるかもしれない。頭数を揃えるのに、コリフの乗組員を解放する必要があるわね」
「カラスの檻にいるの、生きてると思う?」とウィックが尋ねた。
「後で確認しましょう」ラヤリは剣の柄に手をかけた。
「まずは、檻を開けるのよ」
「陽動作戦は?」ケッチは提案した。
「俺は陽動作戦、大好きだぜ。俺の専門だもんな!」
「イカれたノームだな」とウィックが不満の音を漏らした。
ケッチはハーフエルフに向かってウィンクした。
「アンタはその尖った耳が自慢。俺達はみんな、そうだろ?」
「的を射た指摘だ」とウィックが認めた。
「静かに!」とラヤリが左を指さした。
「ケッチ、奴らをあっちに引きつけて。ウィック。ケッチをサポートして。私は廃墟をすり抜けて、檻を開けるわ」
彼女は武器でいっぱいの重たい鞄を叩いた。
「ダリクとボスクに後詰めだと伝えて。地獄が始まったら、入ってきてと」
「分かったよ」
ケッチはフェレットのように静かに、下生えをすり抜けて、戦士達が隠れている場所へと戻った。彼はダリクの鎧に覆われた肩を叩き、この大柄な騎士を驚かせたことに、少しばかり満足した。
「合図は叫びか?」ボスクが目をすがめた。
「ハイエナ野郎は叫ばない」
ケッチは口ひげをひねった。
「ああ。でも俺が叫ぶよ」
彼は茂みに滑り込んで野営地の周りを回り、奴隷商人達が自分を見聞きも、嗅ぎつけもしていないと確信した。乗組員は何度もこれをやっていて、自分達の役割を知っている。今回は、奴隷や難民ではなく、彼らは同僚のファイアブランド(ベルフラワー・ネットワークの農夫達のチーム)を救出していたが、同じことであった。どうやってコリフの乗組員が最初に捕まったのかはこのノームを心配させたが、大したことはなかった。彼の意見では、彼らが何者か、どのように捕まったかに関わらず、囚人達は解放されるべきであった。
最後に、ケッチは状況を見定めるために、倒れた丸太をじっと見つめた。奴隷商人達は火の周りにしゃがみこみ、議論しながら沢山の肉をかじっていた。願わくは、あの肉がコリフの部下のものでないことを祈る。古い寺院の煙突から煙が立ち上っている。恐らくまだ他にもいるのだろう。心配は無い:コリフの乗組員を解放したなら、数の優位はこちらにある。
ケッチはベルトから長いスカーフを引き抜き、居ず課に喉を鳴らして、鳴いた。
14個の毛深い耳が騒音に向かって1つとなり、ぴんと立った。ケッチはにやりと笑って再び、もっと大きく鳴いた。血まみれの口元が食事から離れ、鼻が大気を嗅ぐ。もう1度鳴き声を立てると、奴隷商人達はうなり声を立ててつばを吐き、吠え立てた。ケッチには通訳は必要なかった。
来いよ、間抜けな犬野郎。来て、かわいい猫ちゃんを手に入れるんだ。
彼は再び鳴き声を立てた。4人の奴隷商人の内の3人が調査のために立ち上がった。他の者は彼らが野営地の端に接近するのを見ていた。
彼らの背後で、ラヤリが寺院の端沿いに檻へと向かった。完璧だ! ケッチは口に手を当てて、風変わりな秘術の才能を現した。
「ミャーーーーオウ!!」
その音は、彼が隠れている場所から15フィートほど離れた茂みの塊から発されているようであった。
奴隷商人達はうなって前へと歩み、ケッチが隠れていた丸太を通り過ぎた。彼らは今や剣を抜いていて、茂みを調査するために低く身をかがめていた。
ショウタイムだ!
ケッチは前へと飛び出して、スカーフを上へ、呆然とした標的の目の付近に投げながら、最も近い奴隷商人の背中によじのぼった。
「イーーハーーー!! 犬に乗ったぜ!!」
ケッチは、じたばたとする奴隷商人の首にかかとをめりこませ、品のない韻を口にした。
「おお、おーれは犬乗り、犬乗りはーおれ、トラ・ラ・ラ・トラ・ラ・ラ・リ」
奴隷商人はもがき、吠えた。彼の2人の仲間達が武器を抜いたが、彼らは友人の頭を切り落とすリスクなしでケッチに切りつけることが出来なかった。他の者達がキャンプファイアから飛び出し、突撃した。彼らの背後で、ラヤリが檻の錠前を開けていた。ウィックは隠れていた場所から立ち上がり、突撃している奴隷商人の内、最も後方にいる者に矢を射かけた。ダリクとボスクが武器を抜いて隠れていた場所から突撃したが、これまでのところ、全ての注意はケッチに注がれたままであった。
当然だな、と彼は思った。盲目にされた馬が暴れる中で、スカーフを持ち続けるのに苦労しながらも、彼は別の詩を口ずさんでいた。
その時、場が動いた。
剣と盾を持ち、鎧をまとった騎士と、ロングボウを携えたハーフエルフが4人の凶暴なノールと戦い、仮面を被った人型生物が背後の木の檻から捕虜を自由にした。、
外套をまとった人影が寺院の窓口に現れた。彼女は、うなり声と歯のカチカチと噛み合う音によって強調された秘術のフレーズを叫んだ。ケッチが乗っていた奴隷商人と、その問題にかかりきりになっていた残りの全員が、突然、オーガの高さまで背が伸びた。ケッチは捕まって別の詩を口にしたが、万が一に備えて自由な手でダガーを抜いた。ウィックが光の如き射撃で大型化いた奴隷商人の1人を倒したが、もう1人の獣じみた男がスピアを投げて、ボスクの胃を捉えた。ボスクはおがくずの人形のように倒れた。ダリクが雄叫びをあげ、剣の一撃で敵の盾を砕いた。
ケッチは奴隷商人の首にダガーを押し込み、テーマを陽動のものから鼓舞のためのものに切り替えながらバラッドを続けた。奴隷商人が自分を引きずろうと不器用に試みるのを回避しながら、彼は歌詞に味方への役立つヒントを散りばめた。
ラヤリが檻を開け、押し出てくるコリフの乗組員に剣を手渡した。彼らの内の何人かは寺院へと駆け込んでおり、もっと多くの者が叫び声を上げて、ローブをまとった呪文使いと、廃墟のその他の奴隷商人達と衝突した。
ケッチは再び突き刺した。そしてウィックがまた別の奴隷商人の胸部へ2発の矢を当てた。その時、別の奴隷商人が長いムチと共に襲いかかった。革のムチがケッチの首に巻き付き、僅かな間、彼の歌を途切れさせるほどに激しく痙攣し、彼を引きずり下ろした。しかし、ケッチはスカーフをしっかり握っていたので、落ちる時に奴隷商人はバランスを崩した。
ケッチは激しく地面に叩きつけられて肺から空気を吐きだしたが、自分を締めつけないようにムチを握った。彼が刺した奴隷商人は剣を落としていたが、落下したノームに顎を広げて襲いかかってきた。ケッチはムチを激しく波打たせて、転がった。ケッチの肩口から1インチというところで奴隷商人の顎が閉じた。ムチ使いは盾を強く叩き落とし、その端がノームの膝を打った。
ケッチは痛みに呻いた。
「あああああ、踊れなくなるじゃねえか!」
盾の一撃が再び打ち下ろされたが、2本の矢が奴隷商人の喉にぶすりと刺さった。彼は不意に、驚いたような顔をして後ろへと倒れた。しかし、もう1人が倒木のようにケッチの上に倒れ込んできた。爪のある手でつかもうし、口を大きく開けながら。
「悪い犬め! 素敵なノームさんを噛むんじゃねえぞ!」
ケッチはもう1本のダガーを引き抜き、その顎深くを貫いた。歯がその腕に食い込み、彼は再び痛みにうなったが、奴隷商人はノームのひっくり返った刃を踏みつけると、足を引きずった。
静寂が訪れた……
戦いは終わった。コリフの乗組員が寺院の窓から手を振り、カラスの檻を開けるためにたどり着いた。中にいる人影は動いた。少なくとも生きているのだ。ダリクがボスクに膝をつき、老齢の戦士の唇に瓶を押しつけた。
ケッチは奴隷商人の顎を開けようと試みたが、がっちりと閉じているようであった。
「ちょっと助けてくれよ、お願いだ!」
彼は再び試みたが、歯をこじ開けることに失敗した。
「犬が俺の腕にくっついちまったみたいだ!」
「手が必要かい?」
ウィックがナイフと共に近づいて、慎重に、掴んだ顎の筋肉を切り開いた。
「手をなくすところだったぜ」
彼は噛みつきが緩み、歯から解放されると、顔をしかめた。
「ありがとな! それにしても、良い弓だったぜ」
ケッチは首からムチをほどき、喉を調えた。膝が震え、声はかすれ、腕からは出血していた。
「良い歌だったな」
ウィックが鞄からポーションを取り出して、下に向けて手渡した。
「それに、良い馬乗りだった」
「路上で公演をしようかと思ってるんだ」
ケッチは甘いエリクシールを嚥下し、痛みが引くのに至福のため息をついた。彼は足を屈伸し、膝を確かめ、それから声を確かめた。
「ラ・ラ・ラ! なあどう思うよ、犬乗りノームのケッチと犬の仲間達ってのは?」
「お前は日雇い仕事を続ける必要がありそうだな」
ウィックは笑みを浮かべて、友人を肩で抱きしめて拍手した。
「ああ、多分そうだな」
ケッチは死んだ奴隷商人につま先で触れ、にやりと笑った。
「ファイアブランドってのは本当に、いっつもギグしてるようなもんだぜ」
About the Author
As a sailor and gamer, nautical and RPG tie-in fantasy came naturally for Chris A. Jackson. His Scimitar Seas novels won three gold medals from Foreword Reviews, and his Pathfinder Tales novels, Pirate’s Honor, Pirate’s Promise, and Pirate’s Prophecy have received high praise. His magical assassin Weapon of Flesh series hit the Kindle bestseller list. He’s also published urban SF—Dragon Dreams—for Falstaff Books, and horror—The Deep Gate—for Fantasy Flight Games’s Arkham Horror line. He’s also written tie-in fiction for Shadowrun, Legendary Games, Iron Kingdoms, and Traveller. Visit jaxbooks.com for a look.
About Tales of Lost Omens
The Tales of Lost Omens series of web-based flash fiction provides an exciting glimpse into Pathfinder’s Age of Lost Omens setting. Written by some of the most celebrated authors in tie-in gaming fiction, including Paizo’s Pathfinder Tales line of novels and short fiction, the Tales of Lost Omens series promises to explore the characters, deities, history, locations, and organizations of the Pathfinder setting with engaging stories to inspire Game Masters and players alike.
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