Tales of Lost Omens:希望の種子

再び、彼女の夢の中で角笛が鳴っていた。

夢の中では、それらはすべて一緒に響き渡っていた:警報と、戦の行進曲と、そして退却の狂乱した叫び声だ。呼び声は重なり合って混沌としていたが、ヴェルドリエンヌはそれらを全てはっきりと聞き取った。そして彼女は夢の完璧で、狂った水晶の論理でもって、戦の行進がパニックで荒ぶるのも、最初の警報が敗戦の血塗られた荒野での悲惨な叫びであるのも、そして、それらが死んだ男の槍の一突きで崩れた、弱弱しく痛々しい声で始まり、そして終わるのも、全てを当然のこととして理解していた。

なぜなら、ここはラストウォールだからだ。

彼女の騎士団が囁きの大帝の脅威に対応するために千年近く訓練した場所で、あっけなく、大帝が破壊した場所だ。歴史に残るべき全ての戦いは、ウォッチャー=ロードの軍勢が集結する前に敗北で終わった。始まる前に、彼らは負けていたのだ。
何もかもを傷つけたのは、そのことだった。全ての誇り、全ての勇気が傷つけられ、機会など一度もなかった。
そしてヴェルドリエンヌは何度も何度も、嘆きへの呼びかけである戦の掛け声と、決して見たことのない戦場の夢を見ていた。

彼女は足にかかっていた毛布を蹴り飛ばした。グレイヴランドでの唯一の光である、水っぽい灰色の日光が、彼らが一晩避難した農家の燃えさしの垂木を通して射し込んでいた。
イェランがボロボロのやかんを持っていた。彼は少し前に起きていて、水を温め、髭剃りをしようとしていた。
「おじやでも?」
「ありがとう」
ヴェルドリエンヌはやかんから、どろどろになったおじやをスプーンですくった。他に容器がなかったのだ。
「洗うための水を取っておいてくれる?」
イェランが頷いた。へこんだやかんを鏡として使って髭剃りをした彼の顔にはいくつかの髭が残っていた。無精ひげが、弱弱しい光の下で白く見えた。それは彼を年寄りに、そして、ほとんどヴェルドリエンヌが感じているのと同じくらい、擦り切れたように見せていた。
「もう二人だけになってしまったから、行く場所がいっぱいあるわね」
二人。まるまる一中隊がいたのに。ヴェルドリエンヌは首を振った。最後の二人になったとしても、騎士団の品格を保っている振りをしていた。イェランはまだ、髭を綺麗に剃ろうとしている。ヴェルドリエンヌはまだ、不潔なぼろ布になった制服の上の、階級章を磨いていた。
彼女はどうして自分達がそんなものを気にしているのか、確かではなかった。明らかに、習慣というものは人間よりもしぶといようだった。
ヴェルドリエンヌは動きを止めた。スプーンを口に運ぶところだった。風に煙が混じっている。森から煙が出ているのだ。大帝の腐敗する手下達は料理をする必要もなければ、洗う必要もない。彼らはキャンプファイアをおこさない。

「人間だわ」

イェランは既に剣を抜いていた。彼もまた、臭いを察知していたのだ。
「東か?」
「東ね」
彼らは二人して、雑草に覆われた畑と放棄された小屋の間を歩き、町で最後の無傷の農場までやってきた。もし、避難しなければならないなら、そこに避難していただろう。ただし、グールやもっと悪いものがこのあたりで狩りをしていると知らなければ。
彼女は扉をノックした。
「ヴィギルのヴェルドリエンヌと、イェラン・ドースカン。ラストウォールの騎士です」
最後のフレーズを口にしても、もう心はほとんど痛まなかった。
「だれか生きている人がいるんですか? 助けになれますか?」
中でさっと走る音がした。
恐怖と希望がその中でせめぎあっている。それから、女性の声がした。
「あなた方は……あなた方、どこか安全なところに連れて行ってもらえますか?」
ヴェルドリエンヌは目を閉じた。イェランがどんな顔をしたのか見る必要はなかった。
「ええ。もし、信じてくれるなら」
彼らは外へ出てきた。男性が一人、女性が一人、6人の若い子ども達だった。明らかに子ども達は二人の実子だけではなかった。必要があって彼らは家族になったのだ。暴君の脅威が作った家族を目にして、ヴェルドリエンヌの決意は固くなった。もしこの人達がこれまで、子ども達をどうにか守ってきたというなら、もう死なせるわけにはいかない。
「カッセンの野営地までお連れ出来ます」
彼女は彼らに話した。
「そこから、皆さんはヴェルミスへの船に乗ることが出来ます。大帝の化け物達は、陸みたいに狂暴には海では暴れません」
「ありがとう」
と女性が言った。
男性がためらいながら、上着の裾の縫い目の中に隠していたペンダントを抜いた。彼はそれをヴェルドリエンヌに差し出したが、彼女は首を横に振った。

「お金は頂けません」

「お金じゃあないです。それは……俺は宝石商だったんです。こうなっちゃう前はね」
彼は、わびしそうに笑った。
「グレイヴランドを出ていくのに、賄賂に使えると思ったんですが、死人には賄賂は出来ません。代わりに、あなたに持っていて欲しいんです。安全は金で買えない。誰もね。だけど、少なくともこれを差し上げることは出来ます。お願いです。受け取って――分かったって、言って下さい」

ヴェルドリエンヌはペンダントを手に取った。白い真珠の粒でできた輪の中央のガラスに押し花が閉じ込められた、八角形のローズゴールドだった。その花には見覚えがあった。スター・アリッサムだった。ウォッチャー=ロードの宮殿中に咲き誇っていて、ヴィギルの整った白い漆喰の家々の窓からこぼれ落ち、ヴィギルの夏に香る花だった。もし目を閉じたなら、再び、あの繊細で蜜のような甘い香りを吸い込むことが出来るだろう。

「ワールドウーンドに旅する十字軍のために作ったんです」
と男が説明した。
「彼らが故郷を、そして後に残してきた愛しい人を思い出せるように。十字軍が勝つことも、ヴィギルそのものの記憶を取っておく必要があることも、想像しませんでした。でも――後ろを見て下さい」
ヴェルドリエンヌはペンダントを裏返した。背の部分、「ヴィギルの祝福」と刻まれたローズゴールドのパネルの下には、小さな黒い種でいっぱいの格納があった。

メンデフとサルコリス・スカーには、戦場に墓地が点在していて、そこにはスター・アリッサムが咲く。
ヴェルドリエンヌはそれらがラストウォールから旅立った騎士達の永遠の安息の証だと知っていたが、誰がそこへ種子を運んだのか、そこまで神聖化された地面に咲く花々の茎の下に眠る騎士にとってそれが何を意味するのか、考えたことがなかった。
今、ペンダントを手に持って、彼女は理解した。

「ありがとう」

男は何か他のことを話し出そうとしていたが、ヴェルドリエンヌは手を挙げた。
「静かに」
彼女は風に何かを嗅ぎつけていた。見知ったアリッサムの香りではないものを。
グールだった。この悪臭を間違えることはない。大帝の手下達は呼吸をしない。だから、嗅覚もない――それが、ヴェルドリエンヌが先に家族の焚火を嗅ぎつけた理由で、グールの悪臭が仲間のアンデッドを無力化しない理由である。だが、彼らは視覚があって、グレイヴランドの弱弱しい太陽は彼らを怯えさせない。彼らは、この家族が気をそらして煙を散らさなかったのですぐに、煙から昇る煙を目にしたのだろう。

「中へ入って」

ヴェルドリエンヌは剣を抜いて、命令した。彼女にはグール達が今や、崩壊した町を通り抜けて野蛮で恐ろしい姿を見せつつあるのが見えた。イェランが彼女の傍に加わった。彼が味方で良かったとヴェルドリエンヌは思った。明確な敵と相対する時に、本物の、信頼できる同僚の騎士が隣にいてくれることほど気分の良いものはない。

彼女は間違っていたのだ。グレイヴランドにはまだ価値ある戦いがある。ラストウォールの騎士達は完全に打ち負かされたのではない。まだ全てを失ったわけではないのだ。

まだ。

Liane Merciel is the author of the Pathfinder Tales novels Nightglass, Nightblade, and Hellknight, and a contributor to other books including Nidal: Land of Shadows, Faiths of Golarion, and the Lost Omens World Guide. She has also written for Dungeons & Dragons, Warhammer: Age of Sigmar, and Bioware’s Dragon Age franchise. She lives in Philadelphia with her husband, two dogs, and an adventure toddler who is extremely into Spider-Man.

About Tales of Lost Omens
The Tales of Lost Omens series of web-based flash fiction provides an exciting glimpse into Pathfinder’s Age of Lost Omens setting. Written by some of the most celebrated authors in tie-in gaming fiction, including Paizo’s Pathfinder Tales line of novels and short fiction, the Tales of Lost Omens series promises to explore the characters, deities, history, locations, and organizations of the Pathfinder setting with engaging stories to inspire Game Masters and players alike.

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