教会のノロマと同じように見られることも音を出すこともなく、トウィルプ・ファーファンはソティスのマルヒツ・バザーのまばらな真昼の群衆の間を滑り抜けていった。
真昼間の隠密行動は常にこのハーフリングをぞっとさせる。しかし、彼が砂埃を立てすぎるか、誰かにぶつかるといったことが無ければ、彼が通ったことは気づかれないだろう。
ソティスの人々は日中の酷暑のあまり、店を閉じて昼寝を取ることが多く、さほど多くの人々がいたわけではなかった。
何もかも、都合がいいぜ。
彼は天幕の影で立ち止まり、顔を拭いた。
この暑さ以外はな。
トウィルプは広場を横切る青いドーム形の円屋根を観察し、正しい建物を見出した。
2人のがっしりとした守衛が、ビーズのついたケペシュカのアンティーク大商店の入り口の横に立っていた。
彼らの黒い皮膚には汗がきらきらと輝き、そのまぶたは垂れ下がっていたが、それぞれが腰巻きのコピシュに手を置いていた。
近頃では、誰もかれも何も信用しない。
もちろん、それにはトウィルプも含まれている。彼は自分が誰のために、あるいは誰から盗むのかを気にしたことはない。黄金が貰える限りは。
ソティスでは、黄金だけが重要なものであって、ピラミッドの落下後には、市場には高価なアンティークが過剰に供給されていて、盗み放題であった。
このハーフリングはぼんやりとしたソティスの黒きドームと、その背後にある最近、落ちてきたピラミッドへと視線をさまよわせた。地上に落ちてきた瞬間、死んだ象に群がる蟻のように墓泥棒達が群がったのだ。彼が盗んでくれと依頼されたまさにその装身具は、あの巨大な石の構造物由来のものであった。
トウィルプは、この飾りにどんな重要性があるのかを知らなかった:彼の考えの及ぶ限りでは、ダガーは所詮ダガーである。
しかし、黄金は違う……。
一階の窓には飾りのついた鉄格子がはめられており、切り立った壁を登ることはどんなに器用な登山家にも出来ないだろう。 トウィルプは広場の周囲をじりじりと進み、ビーズ飾りのカーテンがついた戸口に近付いた。
守衛達は半分ほど眠っていて、怠惰にまばたきをしただけだた。
盗賊は地上へと降り立って、素早くカーテンの下に静かに入った。
痩せてて良かったぜ。
彼は立ち上がって中に入り、展示室を目で探した。
カウンターの背後には女性が座っていて、退屈そうにランプを磨いている。
トウィルプは、にこりと笑った。
いただくとしようか。
上の階で、彼は商人の寝室を発見した。もう2人の守衛が戸口に立っていたが、戸口自体は空気を入れ替えるために開け放たれていた。彼らは、トウィルプが通り過ぎた時に、ぴくりと動くことすらしなかった。
薄いカーテンがふくらみ、黒きドームとピラミッドが背後にぼんやりと浮かび上がった。
落下したピラミッドの中から得られた全てのものが呪われていると言う者もいる。
だが、トウィルプはそれを信じていなかった。
黄金だけが彼の信じる唯一のものであった。
トウィルプは景色から目を背けて、証人の寝台へとこそこそと近付いた。
6人の人間が寝られるほどに大きな寝台には今、たったの3人が眠っていた。
商人のロリシ・ケプシュカ、そして2人の器量の良い男性――彼女の夫と玩具である。
貴金属の光沢のような汗が彼らの肌にきらめいていた。
まるでそれは、黄金のようだった。
トウィルプを何ヶ月も養うのに十分な価値があるダガーは、ケペシュカの乱れた黒髪の上のヘッドボードに吊るされていた。
ハーフリングはその蛇柄と柄頭、つまり牙を持つ頭とルビーの目を調べた。
素晴らしい。
しかし、彼が指先を、大きさの調整された柄のところで折り曲げた時、ダガーの目玉が輝いた。
「小さな泥棒よ、こんにちは」
トウィルプは手をぐいと引いた。一瞬、その声が頭の中に響いたのか、耳に聞こえたのか、分からなかった。彼の雇い主であるレディ・ニキリは、それが取り付かれているとは言っていなかった。
いや、そんなことはどうでもいい。
彼は再び手を伸ばした時、その眉毛から一粒の汗が滑り落ちて、ロリシ・ケペシュカの目と目のちょうど間に落下した。
トウィルプは凍りついた。
彼女は身動きをした。水滴を取り除くために片手を伸ばし、彼女の目はぱちぱちと瞬きをした。
彼女は一瞬、不可視の盗賊の向こうを凝視していたが、それからダガーへと視線を上げた。
ため息を付き、ロリシは微笑んでそれに手を伸ばした。
いや、それはダメだ!
トウィルプはそれをつかんだ。そして彼らの手は同じ瞬間に、柄におさめられた武器に触れた。
「いいだろう、これは面白いな」
声は彼の心の中で聞こえた。ロリシ・ケペシュカの目が大きく開く。
「盗賊だわ!」
なんてことだ!
トウィルプは彼女の手の中からダガーをぐいっとひったくった。武器は見えなくなった。
「ダガーが! 泥棒よ!」
ケペシュカと共に眠っていた男達がゆらりと起き上がり、戸口の守衛がなだれこみ、剣を抜いた。
「あの女を殺せ!」
トウィルプの頭の中で声が響く。
「俺を使うのだ!」
行かなければ!
トウィルプは後退りした。
「誰かがダガーを盗んだわ!」
ケペシュカが寝台から飛び出した。
「奴は見えないわ! 扉を閉じて、部屋をクリアリングするのよ!」
「自分を神にしてくれる誰かと話をする方法はあるか?」
ダガーの声が尋ねる。
お前は俺の考えを聞けるのか?
「ああ。お前の貪欲な小さな魂を読むのだ、トウィルプ・ファーファン」
素晴らしい。
今は黙ってくれ、俺は忙しい!
彼はダガーをベルトに止めて、窓へと駆け寄った。
「待て! あの女を殺さないのか? そうすべきだと分かっているだろう?」
俺は泥棒であって、暗殺者じゃないぞ。
トウィルプは飛び込んで、薄いカーテンを引き裂いた。
「ああ……だがあの女の生命力がお前のものになったというのに! 俺はそれをお前にやれるんだ!」
俺はそんなもの欲しくない。
盗賊はキャンバスの天幕を打ち、滑っていった。もっと重い人間なら突き破って落ちていただろうが、トウィルプはそうしなかった。
「でもお前はもっと強力で、傷つくことなく、不死になれるんだぞ」
そういうのも別に欲しくないな。
彼は天幕から通りへと降りていき、フラットブレッドのバスケットを運んでいる男にぶつかった。
「お前はどんな種類の定命の者だというのか」
ダガーは信じられないというように言った。
俺は自分の生き方が好きなのさ。
もう黙れよ。
「泥棒!」
ケペシュカは窓からわめき、彼を指差した。
「守衛達! 泥棒を追いかけなさい!」
1階にいた2人の守衛が剣を抜いて前進した。トウィルプは今や、レディ・ニキリがこのダガーを欲しがる理由を理解した。
兄弟の政治的な権力を否定し、下級の貴族に嫁いだ彼女は今、厳格な老女である。権力と不死の誘惑に彼女は抗えないのだろう。
俺は金さえあればいい。
トウィルプは通りを駆け抜けていった。
「臆病者め」
ダガーが苦々しく呟く。
トウィルプはそれを無視して走った。
「そこだ!」
守衛の1人が大声で叫んだ。
トウィルプは後ろをちらりと見た。自分の足が通りに触れたところから、砂埃が吹き上がっている。
彼らは既にトウィルプを見つけていた。
盗賊は天幕の下、上、周囲、雑貨品の展示の下などを避けまわったが、彼らの足は早く、長い脚はトウィルプの2倍の速度で動き回る。
「そいつらを殺せ! 俺がお前を神にしてやる!」
それで下らない宗教をやらなきゃならないのか?
ごめんだな!
トウィルプはオークション・ハウスを通り過ぎ、ローズ広場に入っていった。自分の歩いた道の埃を吹き上げないようにしたが、それは無駄だった。
「そこだ!」
守衛達は彼を正しく追ってきた。
追い詰められたトウィルプはウィミリの浴場の中に飛び込んでかわした。
「見ろ! 足跡だ!」
トウィルプが後ろを見ると、タイルの床は彼の埃っぽい足跡以外にはしみ一つなかった。
くそ!
「そいつらを殺せ!」
ダガーが絶叫する。
黙れ!
ハーフリングは戸口を通って身をかわし、冷たい飲み物をすすりながらお喋りをする女性でいっぱいの浴場に落ちていく数インチ手前まで横滑りして止まった。
彼を追いかけていた守衛は、そこまで器用ではなかった。
男はトウィルプの背中にぶつかり、両方とも浴槽の中に飛び込んでいった。
トウィルプの頭は浅いプールの底へと打ち付けられ、彼は頭を打った。
トウィルプが水面で激しく動く。女性達が叫び声をあげる。そして筋肉質の拳が彼の首根っこを掴んだ。
「捕まえたぞ、小さな泥棒め!」
守衛が彼を持ち上げ、コペシュを掲げた。
「そいつを殺せ!」
ダガーがトウィルプの頭の中で大声を出す。
「俺を使え! これが最後のチャンスだぞ!」
一度だけ、とトウィルプは合意した。
彼は自由にならなければならなかった。そして、刃は彼のベルトに吊るされていた。
トウィルプはそれを引き抜いて、男の腕を刺した。
「それでいい!」
深紅の光が浴槽に溢れた。
ダガーの刃は燃え上がるルビーのように輝き、守衛の腕を突き刺す時、命あるもののように脈動した。
男は息を荒げ、目を見開いたが、それは痛みのためではない。恐怖のためであった。
守衛の骨がまとっていた肉がしなび、血、命、そして全てが、その魂が、刃の中へ、そしてトウィルプの中へと吸収されていった。
肉の乾燥した皮膚が崩れ落ち、そしてハーフリングは水を叩いた。
浴場に居た者達はパニックでどよめき、水の中に広がる灰の膜から逃れようとのたうちまわった。
「そうだ、そうだとも」
ダガーは満足そうにつぶやいた。
「気分がいいだろう?」
トウィルプは気分が良かった。彼の痛みは消え失せ、頭は明瞭で、総毛立つほどにエネルギーで溢れていた。
自分には何でも出来て、永遠に生きられると思った。
「出来るとも」
ダガーが保証した。
「俺で殺したすべての命がお前を強くするのだ」
トウィルプはそれについて考えた。
不死。権力。裕福さ。……自分から逃亡する無防備な人々。
彼は吐き気に襲われた。
トウィルプは水の外でのたうち周り、再び指輪の魔法を起動して、不可視状態になった。
ダガーを鞘に収め、タオルをひったくり、パニックを起こしている客達を避けながら、彼は浴室から抜け出した。
ダガーの声は彼の頭の中で割れんばかりに唸り、肉を切り裂いてその生命を吸い上げるようにと駆り立てた。
神になるという誘惑を鎮めて、トウィルプは施設の別の棟に忍び寄った。
ひさしに覆われたアルコーヴには、それぞれ、覆いのついたトイレが、狭い窓の下の壁に一列になっていた。
完璧だ!
トウィルプは作業台の上に飛び乗ると、足のところまで蓋を持ち上げた。
「お前は何をしているのだ?」
トウィルプはダガーが約束してくれたことについて考え、それから、レディ・ニキリのような人間がそれをどうするかについて考えた。
彼女が約束してくれた金貨は、突然、血で汚れているように思えた。
トウィルプはダガーを引き抜いた。
「何をしているのだ!」
「俺の魂を救うのさ。穢れたがらくため」
トウィルプはそれを黒い穴の上に持ち上げた。
「やめろ!」
トウィルプは握りを離し、刃の赤い輝きが深い穴の底へと落ちていくのを見た。
濡れた、ぽちゃんという音とともに、深紅の光は消えた。
数百人もの客達が武器をもっと深く埋めてくれるだろう。
誰もそれを掘り出さないだろう。
「時には、お宝を埋めておいた方がいいこともあるさ」
トウィルプは狭い窓をすりぬけて新鮮な空気を吸うために、壁を登った。
「そして、黄金より価値のあるものもある」
Chris A. Jackson
Contributing Author
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