Tales of Lost Omens:最初の一歩

花だって。ふん。

テフはデコボコとした地面を踏みしめながら不平を口にした。整備された土の道というものは、今や、すっかり無くなってしまっていて、靴の下に根っこのでっぱりや躓きそうな小石を感じる。遠く通り過ぎていった大空の、視界に入らなくなったどこかで、雷が鳴った。少年は上着を引き締め、嵐が今夜は来ないことを祈った;彼にはまだ、家に帰る前にもう一つだけ、仕事があるのだ。

スプリットハートの花を集めることだ。

棘のついた赤い花はママのお気に入りで、ちょうど咲きはじめたところだった。その完璧な深紅の種が姿を現しているのだ。この種は蚊を退治してくれるし、熱が出たときには葉を煎じるのだ。

それから。と、テフは覚えている。ママは唇の陰影を深くするために、花びらをペーストにするのが好きなんだ。一度自分でも試したことがあるが、たまらなくイヤだった;ペーストはおかしな匂いがすし、唇が暗い色合いになるのも好きではなかった。あるがままの自分の唇が、テフは好きだった。ありがとう。どうして女の子ってリップが好きなんだろう?

スプリットハートが咲く一帯に到着すると、彼は採集用のポーチを取り出した。棘のついた花々のうち、最も熟したものだけを選ぶ。彼は指でつまみながらそれらを集め、大地に静かに感謝を述べた。

花摘みだなんて。テフは目をまあるくした。これって、ヒーローのやることじゃないぞ。

この考えは、テフが家に帰る間、テフの頭の中にこびりついていた。本物のヒーローっていうのは、謎を解いて、邪悪な生き物と戦って、明日を救うんだ。そうして、いつか、彼はお気に入りの本である「黄金の旅人達の冒険」に出てくるようなヒーローになるのだった。つむじのセラディールのように素早く、屋根から屋根へと踊り回りながら、百発百中の矢で獲物を射止められるようになるのだ。公正なるクフールのように強くなって、その力強い剣の一振りで無力な者を守れるようになるのだ。そして、太陽の子ズリダーニのように賢く、魔力の才に恵まれ、明日を勝ち取るために元素を呼び出すことが出来るようになるのだ。

テフは、爪を銀色に塗っている。そうすれば、手を振ったときにきらきらと輝くからだ。それはちょうど、ズリダーニの手が呪文を使う際にきらめくのと同じだった。テフは、自分の使い魔がどんな風かということだって、知っていた。フェアリー・ドラゴンだ。昆虫めいた羽根は片方が青色で、もう片方が緑色。その目と同じように。そして、テフと同じように。

ヒーローの心と勇敢な魂を持った彼は世界の謎を紐解き、窮地を救い、最後には誰もが不信の目で彼を見ることなく、彼を歓迎してくれるのだ。もう、目立たないように気をつけたり、街を避けたりする必要はなくなる。代わりに、人々は街の真ん中にテフの塔を建て、お父さんだって、二度と家を出なくてもいいようになるのだ。

ママだって。そう。ママだってテフの手にかかれば歓迎される。みんなをママに謝ららせてやるんだ――全部、ごめんなさいって。テフを醜い名前で呼んだことも。ママに酷い非難の言葉を浴びせたこともだ。

空気が冷え込むにつれて、少年の気分も冷え込んでいった。テフは腹の中では、嵐が夜明け前に来るだろうということを知っていた。遅れるのは宜しくない。彼は最も樹齢の長いアノンの樹に立ち寄るといういつもの寄り道をやめ、家に続く土で出来た道へと戻った。

ちょうど森の端にあるコテージは、木々の合間に注意深く建てられており、冷たい風のさなかで、野草や栽培されているハーブの長い茎の部分がゆるりと曲線を描いていた。辺りにはハーブの匂いが立ちこめており、その中に、雨が降る前の鋭く刺すような香りが混ざっていた。いつもは、心地よい匂いだった。いつもは、安全を感じさせる匂いだった。

だが今は、……それが、なかった。

重たい正面扉は半分だけ開いていて、内部は暗いようだった。扉にかけていたはずの飾りのリースと巻き角は叩き落とされ、気にも掛けられずに泥の上に落ちていた。家に居るという安心感は消え失せ、腹がぐんと重くなる。恐怖だった。何が起こったんだ? ママはどこ? 助けがいる?

胃の中の嫌な予感と胸の内の興奮がせめぎあう。今が、その時だ。数多の冒険の、最初の一歩だ。恐怖を押し返すことさえ出来れば、ヒーローになれる。

気を引き締め、テフは低い姿勢でしゃがんだ。セラディールなら、そうする。ゆっくりと、慎重に壊れた扉に近付き、異常がないかを警戒する。

一歩。
そしてまた、一歩。

やっと、家の扉にたどりつく。

セラディールならどうするだろう? うん、そうだ。罠がないか調べる。足をひっかけるワイヤーとか。扉の向こうのモンスターの音とか。

……何も、なかった。

沈黙だけがその先に広がっていた。心臓の音を殺すために息をこらえる。怖いってのは、大したことはない。パパだってそう言ってた。完全に足を止めない限り、怖いことってのは、大丈夫だ。

テフは螺旋の形に曲がった角に手を伸ばした。近くにある、たった一つの、武器になるもしれないものだった。テフの指先が銀色に瞬いた。彼の「」は、それだった。そのきらめきが心臓を落ち着かせ、新しい勇気をくれた;テフはこの場所をよく知っている。大丈夫だ。自分の家に侵入した何者かを見つけ出し、それが何であれ、裁きをくれてやるのだ。

いつの日か、僕はみんなを救うんだ。ここから始めようじゃないか。

テフは曲がりくねった角に指をかけ、力強い声で吠えた。公正なるクフールがそうするのと同じように。テフは扉を叩いて完全に押し開け、中に飛び入った。戦う準備は出来ていた。

音が弾け、隅に隠れていた大きな人影が驚いて飛び出してきた。高い背をぐっと伸ばして少年を見下ろしていたその影は、曲がりくねったあばらだらけの体をしていた。皺だらけの、節くれだった顔が大きく迫る。その顔の下の方には、らんらんと輝く緑色の目があり、猫背と強力な筋肉を強調していた。2つの、節くれだった肉の分厚い拳に魔力が集まる。そして強きテフは……甲高い悲鳴をあげた。

その人影も、そうだった。

幻影の呪文が解け、ゴツゴツとした、皺がちなグリーン・ハグの顔が浮かび上がると、その人物が持っていた本が光を発した。テフは驚きの唸りを上げると、相手に向かって身を乗り出し、曲がりくねった角を落として、しっかりと彼女を抱きしめた。

ハグの腕もまた少年の腕に剃って、彼をしっかりと包み込んだ。顔から衝撃が消え失せると、彼女は少年を抱きしめた。

「チビちゃんたら! びっくりしたわ」

「ママ」
と、テフは息を弾ませた。
「ドアがちゃんと閉まってなくて、リースとノッカーが地面に落ちてて、それで、」

テフの口からあふれ出してきた言葉に、ママが優しく笑った。
「ほらほら、チビちゃんたら。大丈夫よ。少し休んでいただけなの。たぶん、あの子が入ろうとしてリースが緩んじゃった時に来たのね」

彼女は周りを見渡した。その鮮やかなエメラルドの瞳は、彼女の使い魔の上で止まった。細長い猿がテーブルクロスの端を自分の方へと引き寄せ、罪の意識に満ちた声を上げた。

「ほら、これでいいでしょ」

ママが言った。

「スプリットハートは持ってきてくれた? お父さん、すぐ帰ってくるわよ」

テフは頷き、採集用のポーチを手渡してすぐに本棚に向かった。ママは安全だったし、「黄金の旅人達の冒険」が彼を呼んでいた。

「ああもう」

ママが呟きながら、部屋の鏡張りのランタンにもう一度、火をつけ、幻術呪文を消した。

「お風呂が先よ。お話は後にして」

「ママー……」

テフは文句を言いながらも、本棚へ向かうのを諦めた。

何度か体をごしごしと洗って新しい服に着替えると、父が帰宅した。家族は食卓にいっぱいの夕食と、あたたかな暖炉の光に包まれた。

ママはいつだって美味しい食事を作ってくれるのだが、パパが帰宅したときは特に凄かった。トルティーヤ(訳注:原語はflatbreadだが日本ではフラットブラッドの概念がさほど浸透していないため、トルティーヤとした。チャパティでもフォカッチャでもよい)はしっかりと巻きつけられていたし、一際薄くスライスされていた。ローストされたピーマンとトマトが完璧な、柔らかい肉の厚みの間に挟まれていた。ハニーナッツかぼちゃ(訳注:バターナッツかぼちゃに似た味で、半分の大きさのかぼちゃ(squash)の品種。pupmkinはsquashの中で、ハロウィンに使われるオレンジ色の表皮のかぼちゃというイメージでよく使われる言葉。日本でよく食用にされている暗い緑色の表皮のかぼちゃはsquashと呼ばれることが多い)のグリル焼きが空気を甘くしていて、ペッパー・ライスの鋭さとのコントラストが食欲をそそる。そしてデザートは? アツアツのキャッサバのケーキに、ひんやりとしたカスタードだ。

これのためなら、嫌なことを我慢したっていい。

テフは、自分が幸せだということを自覚していた;誰も彼もに、こんなに愛し合っている両親がいるわけではない。両親がいない子どもだっているのだ。そして、特に、彼のような存在、つまり、人間の父親とハグの母親を持つ幼い人間は……チェンジリングをもうけるような関係は、特殊だった。特殊で、本物なのだ。

それでも、パパが帰ってくる度に、二人が愛情を確かめ合うのを見るとテフは気分が悪くなった。今夜は、花とポエムだっていうんだから。

「七つの明るい草っ原から君のために花を集めた
七つの大樹から君のために朝露を集めた
外に出ている間ずうっと、ただ時間を数えて耐えていた
心臓が呼びかける先、僕の家、君のもとへ帰ってきた」

うええええええ。

テーブルの食事を片付けてしまうと、テフは「黄金の旅人達の冒険」をつかみ、庭へと脇目も振らずに歩き出した。雨はまだ、降り始めていなかった;寝る時間だよと両親が呼びに来る前に、まだ幾つかの物語を読むことが出来るだろう。テフはランタンに点火し、枝が垂れ下がった木の側の、ひび割れた石造りのベンチの上に腰を下ろした。

二つ目の物語の途中で、突然、木々が唸りを上げた。庭の端で何かが地面から隆起した瞬間、テフは、はっとそちらへ注意を向けた。何か、曲がりくねっているもの。鋭いもの。陰に半分隠れているもの。テフのランタンの薄暗い光の下で、その重量を支える何かが、捻れながら軋み、パチリパチリと音を立てた。

そして再び、沈黙が落ちた。音はしない。今日、またもや。テフの心臓は、危険かもしれないものに出会って鼓動を早めた。垂れ下がった木の枝に身を隠しながら、彼は注意深くそれがある方向にランタンを向けた。そして、自分の見た物を理解しようとして、立ち止まった。

それは、木だった。だが、木ではない。枝には螺旋を描く樹皮の模様が幾つも幾つも捻れていて、まるで、奇妙な血管のようになっている。それも、その血管で一つの大きな、背が高い構造物を作っているかのようだった。その木は古く、そして石化しているように見えた。まるで、ちょうど今、無から生まれたものとは思えなかった。

これは……歯なのか? いや、あり得ない。間違いなく木のはずだ。
テフは一目見て、理解した。巨大な、石化した、木で出来た歯。渦を巻いていて、血管のように見える歯。

いいや。
テフの中の何かが言う。
ただの歯なんかじゃない。
もっと、もっと、すごく、いいものだ!
謎だ!

本物のヒーローは謎を解き、悪と戦い、明日を救う。
ここからそれを始めよう。

目を見開き、興奮に心臓を弾ませながら、テフはその木に向かって歩みを進めた。


著者について
Rachael Cruzは、賞を取ったライター兼ゲームデザイナーである。彼女のTRPG作品は膨大な分野にのぼり、Conan: Adventures in an Age Undreamed-Of, Corvus Belli’s Infinity RPG, Dune: Adventures in the Imperium, Fantasy Age, RuneQuest, そして Star Trek Adventuresを含むが、それらだけではない。彼女はそれが素晴らしいことだと知れ渡る前から、ロールプレイをする人たちの手助けをしてきました。彼女はまた、あなたを信じています。そう、あなたです。@Witchwaterで彼女のツイッターをフォローしてください!

Tales of Lost Omensについて
Web媒体の短編創作小説のシリーズであるThe Tales of Lost Omensは、Pathfinderの失われし予兆の時代Age of Lost Omensについてのわくわくするような一幕を提供する。PiazoのPathfinder Talesの小説や短い創作小説を含む、ゲームの関連商品で最も高名な著者達の何人かによって書かれたこのTales of Lost Omensシリーズは、Pathfinderの設定にあるキャラクター、神格、歴史、場所、組織を、ゲームマスターとプレイヤー達を同じように触発するような魅力的なストーリーで紹介してくれる。


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