Tales of Lost Omens:月下の手がかり

生き物が、男の喉を爪で引き裂いた。木の葉が散らばる森の地面に、血しぶきが飛び散った。毛むくじゃらの体が、死体を地面に押しつける。その生き物の喉から低い、ノコギリの刃を引くような唸り声が出ると、カミソリのように鋭い歯に唇が覆い被さった。

身を乗り出した狼の頭が、被害者の脈打つ首筋の匂いを嗅いだ。それから獣は珠をもたげ、背骨を円弧の形に反らした。その悲痛な遠吠えが、夜の冷え切った大気を切り裂いた。

「アオーーーーーーーーーーーーーン!!」

「アーチー? アーチー、やめて! アーチボル・フリガソン3世!」

その生き物の遠吠えが、突然、止まった。獣は瞬きをすると、混乱して辺りを見回した。

「ゴリア……、なんだい?」

「やめなさいよ。まだ山賊がいるかもしれないのよ、このバカ。落ち着きなさい」

アーチーは咳払いをした。

「あー……もちろんだよ。失礼したね。物凄く夢中になってたみたいだ」

アーチボルは慎重に立ち上がった。彼は特段、背が高いというわけではなかったが、その広い肩幅と太い腕が、彼を巨体のように見せていた。その灰色の毛皮は満月の光を浴びて、ほとんど白い色合いに見えた。一瞬、血まみれの両手を不思議そうな顔をして見下ろすと、彼は目をぱちくりとさせた。そして、しゃがみこみ、死んだ男の外套を引っ張りだし、十分な布を集めようとした。爪と毛皮を丹念に洗うためだった。

「アーチー? 私達、大丈夫よね?」

ゴリアが尋ねた。彼女の声は、乾いたバケツの中で転がる砂利のようだった。ダガーの刃が閃く。ゴリアが、ダガーをくるりと回しながら腰につけた鞘に押し込んだのだ。彼女は人並み外れた素早さと強さを兼ね備えていたが、そうは見えなかった。彼女のたるんだ肌のあちこちに、縫い合わされた細長い傷痕がジグザグに刻まれていた。まるで、誰かが何十人もの死者達の不揃いな肉体からつなぎ合わせて作ったかのように。

当然のことだが、それはアーチボルの狂った父親がたった一人の息子にポリモーフの実験を行う数年前に実行した、まさにその行いなのであった。二人の奇妙な生き物は、逃げ出してからというものずっと、お互いをよすがにしていた。

「当たり前だよ、姉さん。もちろんだ。へへへ。怖いものなんてないって。一瞬、気が散っただけ」

ゴリアは乳白色の目で、瞬き一つせずに彼を、じっと見た。気まずい沈黙が通り過ぎていった。

狼男は再び咳払いをした。

「おおそうだ。じゃあ、全員、確認できたかな? 僕らの可愛いオラクルちゃんはどこ?」

「あたしはここよ、アーチボル!」

彼女が影から出てくる前に、彼は開いた墓の匂いを嗅ぎ取った。普段のアシュカ・ミッドナイターは、年若く、目がぱっちりとしたカヤル(影の人物)で、その、全ての色が吸い取られてしまったかのような青白い肌と白い髪の毛は、エキゾチックな美しさを醸し出しているはずだった。だが今は、その頬はこけており、完成された滑らかな肌は腐敗で損なわれていた。彼女は、なおも優雅に移動し、ほとんど音を立てることなく枝や葉の間を楽しそうにスキップしていた。

「おお、素晴らしいね。ところでね、アシュカ。君のその不思議な力って、君の体をそんなにぼろぼろにして、君を傷つけたりしないの?」

ひび割れた彼女の唇がすうと開いて、大きな微笑みになった。

「そんなこと、あるわけないわ! あ、少しだけ、疲れてるけどね。でも元気。もっと冒険しても大丈夫なくらい!」

彼女は片足で飛び跳ねながら、拳を空に突き上げた。

「うううんうん。でも僕は君を守らなきゃだからさ、こんなことをして、長い目で見たときに君に嫌な影響がないか、調べなきゃならないと思うんだよね」

アシュカは輝く白い目で、中身が見えてしまっている、腐っていく腕を見下ろした。

「アーチボル。ただの骨の神秘だってば。私は死を一瞬、覗き込む。そして死は私に手を差し伸べる。でもそれはひとときのことよ、バカね。心配いらないの」

「それでも、データは知識だよ。そうだよね? 僕はね、君に起きた変化に経験則ってものがあれば安心できるんだ。でも、今のところは……」

彼は立ち上がりながら呻いた。その手は綺麗になっていた。

「もうちょっと差し迫った問題があるみたいだね」

三人は月明かりに照らされた、森の切れ間を見渡した。

十数体の死体が横たわっていた。

「なんというのか、こう、ものすごい大災害だなあ」

アーチボルが呻いた。

「オーケイ。事実関係から始めよう」

「やめなさいよ、アーチー」

ゴリアが唸りを上げた。

「僕のこと、よく知ってるだろ? 事実から始めなきゃ」

彼女はパッチワークのようになった目玉を丸くしたが、反論はしなかった。

「さてと」

彼は大学の講義のように指を一本立て、再び口を開いた。

「貴族のカマック・グーサーのキャラバンは今夜、夕暮れどきにカリファスを出発して、人里離れた別荘へと向かった。この貴族は旅行に」

と、アーチボルの目が森の切れ間を見渡した。

「二人の従僕を連れて行った。一人は馬車の御者だ。そして……そうだね、一人、いや、二人の武装した護衛だ。馬車は道沿いにここまでやってきた。そしてここで、グーサーとその一行は全員、殺されてしまった。かなり高価な貴重品が袋にまとめられていた」

アーチボルは死体の合間を縫うようにしてステップを踏みながら移動した。

「僕らが到着したとき、見たのは四人の男と二人の女だった。全員、おそろいの外套と皮鎧を身にまとって、武装していて、袋を漁っていた。彼らはみんな赤い仮面をつけていて、その仮面には……」

彼は身をかがめると、木製の仮面の一つを手に取った。その膨らんだ鼻とにやけた微笑みは、別の状況ではコミカルに映ったかもしれない。

アシュカは静かに、彼の肩口にぴょんと頭を出した。

「うわあ! あたし、知ってる! 悪魔の仮面じゃない!」

彼女は熱心に手を叩いた。

「カーニバルのお面みたい」

アーチボルが一度、頷いた。

「悪魔。そうだ。名声にあやかっての空想めいた自惚れに思える。それでもって、自分達をトリックスターと呼んでいるんだ! まるで、ただのチンピラ山賊なんかじゃなく、有名な悪党集団みたいにね」

ゴリアは山賊の一人を、軽蔑を込めてブーツで蹴った。

「森の中で赤いものを着ながら身を潜めようなんてね。バカだわ」

アーチボルが呻いた。

「確かにそうだ。さてさて、僕らのウースタラヴ人の貴族を含めて犠牲者は六人。でも、僕らのおかげで、六人のトリックスターも死んでいる」

彼は顎をひっかきながら、少しの間、思考にうち沈んだ。

「そうだ! 馬車を横取りして、ここに引き込んで、全員を殺して、それから持ち物を漁るのにどのくらい時間がかかるだろう?」

ゴリアは片方だけ、肩を竦めてみせた。

「一時間ってところ?」

アーチボルは満月を見上げた。

「それにしたって、まだ真夜中にもなってない。ううん! 僕らが横取りした巻物では、奇襲の対象はちゃんとグーサーだってなっていたけど、なんでトリックスター達は早く襲撃したんだろう? 尋問するのに山賊を一人くらい、残しておいた方が良かったね」

「そうね」

ゴリアが眉をひそめた。片側の頬の縫い目がぴきりと張った。彼女は鋭く、アーチボルを見つめた。

「絶対にそうすべきだった」

アーチボルは彼女の視線をかわした。

「うん、まあ。トリックスターがどうやってこの奇襲地点にやってきたのかを調べるべきだと思うんだけど。たぶん、僕らは痕跡をたどって――」

近くで、何者かが唸りを上げた。

アーチボルの狼のそれに似た耳が音に反応するやいなや、彼は森の切れ間を弾けるように横切って低木の茂みに突っ込んだ。ゴリアはそのすぐ後ろを守りながら続いた。

双方の両目が見下ろした先には、装飾が施された胸当てをつけた、年老いた青白い人間の男がいた。その脚は茂みに絡まり、残りの部分は森の切れ間から見えないところに伸びていた。知覚には、へこんだ兜があった。

「ホー、ホー!!」

と、アーチボルが叫んだ。

「十三人目じゃないか! グーサーの護衛みたいだな。親愛なる君、君は頭部にかなりの打撃を受けているようだね。立ち上がるのを手伝わせてくれないか。君を襲った連中を追いかけるために、幾つか質問をしたいんだ」

男は再びうめき声を上げ、仰向けになった。そして彼は瞬きをした。一度、二度。

「いあああアアアア!」

彼は叫び声を上げた。

「ウェアウルフ!!」

「あー……」

アーチボルは笑った。

「正直に言えば、間違いなんだ。本当はね。僕はさ、」

護衛の目がゴリアに向けられた。

「か、怪物!」

「よーっく、聞けよ、お仲間さん。そいつは不公平だなあ」

アーチボルは顔をしかめた。

「それって間違ってると思うんだけど――」

アシュカが近づいてくると、濃厚な墓地の香りが漂ってきた。男は悲鳴を上げた。

「ゾンビ!」

そして、気絶してしまった。

「面倒だね」

アーチボルが溜息をついた。

「またか……」


著者について
Jay Moldenhauer-Salazarは、『Magic: the Gathering』の公式サイトの創刊時のコラムニストで、5年間にわたって毎週執筆していた(他にもさまざまなゲームのコラムを執筆していた)。その間、Wizards of the Coast社のKamigawaブロックのWEBストーリーも執筆した。生涯を通じてのテーブルトップ・ロールプレイング・ゲームの愛好者であり、頻繁にGMを務めており、Pathfinder 2nd Editionが大好きである。Pathfinder 2nd Editionをこよなく愛し、カリフォルニア州オークランドに住み、ゲームと執筆活動を行っている。

Tales of Lost Omensについて
Web媒体の短編創作小説のシリーズであるThe Tales of Lost Omensは、Pathfinderの失われし予兆の時代Age of Lost Omensについてのわくわくするような一幕を提供する。PiazoのPathfinder Talesの小説や短い創作小説を含む、ゲームの関連商品で最も高名な著者達の何人かによって書かれたこのTales of Lost Omensシリーズは、Pathfinderの設定にあるキャラクター、神格、歴史、場所、組織を、ゲームマスターとプレイヤー達を同じように触発するような魅力的なストーリーで紹介してくれる。


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