少なくとも今回は、ニュートは自分が巻き込まれつつある厄介ごとを知っていた。
ジョエンのせいだ。いつもジョエンのせいなのだ。さらに悪いことに、ニュートは彼に恩義があった。アブサロム最大の図書館であるフォラエ・ロゴスで調べ物をしているところをこの長身の男に発見され、柄にもなく博識なこのモンキー・ゴブリンは勧誘されてしまったのだ。
1時間後、彼らは安全なグランド・ロッジに戻り、庭園の最下層へと向かった。ニュートが快適に過ごすには、まだ長脛ども(訳注:人間のこと)の数が多すぎたが、少なくとも視線や威圧の数は減った。少なくともここには、ニュートの居場所があり、それを証明する道しるべがあったのだ。
最初にジョエンを見つけたのは、青と白の高級そうなドレスを着て、薄茶色の髪を後頭部で遊び心のある三つ編みにしている若い女性だった。彼女の目は、若い男を認めると明るく輝き、興奮で生き生きとした。彼女はニュートを見ると二度見したが、すぐに青年に目を向け、声を上げて挨拶した。
「あれを見つけたとおっしゃって」
ジョエンは最後の一段を昇りながら、彼女に遊び心のある笑顔を見せた。黒髪の彼は、いつものようにドラマチックな演出をしながら、背丈の長いコートの中から大きな、革で結びつけられた本を取り出した。彼は、若い女性が座っているところに駆け寄り、弧を描くような動作でその本を彼女の前に置いた。
「貴女のために今晩、選びました」
彼女がそれを受け取ると、ジョエンはそう口ずさんだ。
「ハダガスカルの失われた王国についての回想、でございます。ブラックベリーワインかデザートプレートをお供にお勧めしますが?」
返事を待たずに、彼は近くにいたもう一人の仲間に目を向けた。この年配の人間は、銅の色と白い色をしたひげを丁寧に編み込み、輪のようにして、堂々としていた。
コートの別のポケットに手を伸ばしながら、ジョエンは巻物入れを取り出し、片手でくるくると回すと、ひょいと差し出した。
「威厳ある紳士の皆様には、お口直しの一品をご用意しております。「ホーン」から「昇進したスタッフ付きの椅子」へ:前巨人期のロゴグラムの再確認の第三巻です」
男はうなずき、巻物入れを手に取り、保護用の留め具をそっと外して、中身を熱意にあふれた、節くれ立った手の中へと滑らせた。
「そして友達よ、私が知っている最も鋭い頭脳の持ち主を紹介しよう」
ジョエンはダークブルーのモンキーゴブリンに向かって、こう言った。
「古くからの友人であり、冒険仲間でもあるニュートだ。ニュート、ご紹介いたしましょう、こちらはザヤ様……」
「ただのザヤだわ」
と彼女は訂正した。
「ただのザヤ。そしてその愛犬のアロイシャスだ」
灰色の雑種犬が自分の名前を聞いて顔を上げ、周囲の状況を素早く把握し、頭を下げた。
「レンジャーだな」
ニュートがうなずくと、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「めざといものだな」
とジョエンは笑った。
「我らが親愛なるレディはホライゾン・ハンターズに所属していて、我々の間で休暇を取っている時以外は、チームのために前線で偵察をしているのだ」
ニュートは、ザヤが目を丸くしているのを見て、楽しくなってしまった。彼自身もジョエンのドラマチックな演出には何度もそうしたことがある。
「そして、このローブをまとった紳士はクロンバリーだ」
とジョエンは続けた。老人は、年老いた目で熱心に巻物に目をやりながらも、ぎこちない手を挙げて挨拶をした。
「このクロンバリーは、我々ですら恥じ入るほど冒険心を持っているのだ」
とジョエンは微笑んだ。
「そして、聞くところによればサバイバル能力にも長けている」
「お二人にお会いできて光栄です」
ニュートはそう言った。
「ですが、早速本題に入らせてください。ジョエンはあなた方の謎について話し始めたばかりですが、私はぜひ協力したいと思っています。宜しくお願いします」。
ザヤはどこから話を始めようかと考えた。
「我々はファイブ・アイズを偶然に発見したの。私のチームは元々、ジャルメライの沖合にあるインポッシブル・ランドに派遣されていたのよ」
「パディスカーを捜して?」
と、ニュートが推測した。
ザヤは笑いながら言った。
「クロンバリーもそう思っていたわね。でも、パディスカーはもう古い話題だわ」
顔を上げることなく、クロンバリーが声を上げた。
「パディスカーは遺跡を中心に作られていて、誰もそこにいるクリーチャーに侵入しないように、厳しい法律とたくさんの境界線が設けられている。ヴィジラント・シールの審査も受け、今のところ安全とされておるな」
ザヤも同意した。
「パディスカーがあるのは北。私たちはジャルメライの南の岸にいたのよ。私たちは環境現象を調査するために滞在していたわけだけど……それは、海中から異形の木が突然に、しかも完璧な形のまま出現するというものだったわ」
ニュートは疑問を口にしかけたが、思いとどまった。確かに不可能なことが起こる土地……インポッシブル・ランドだ。
「この突然の都出現によって多数の巡礼者たちが興味を惹きつけられているのです。この木の出現を、彼らは古き慈悲深い神、ファイブ・アイズの遺志であると主張しています。木自体は無害のようでありますし、巡礼者たちは平和に振る舞いました。私たちは、目を光らせているのです。ここにいられるのですからこの機会に、ファイブ・アイズのことをもっと調べてみようと思いまして」
ザヤは、ジョエンから渡されたばかりの書物を持ち上げた。
ニュートは考え込みながらうなずいた。黒髪の男が話を続けると、彼はその金色の目をジョエンに移した。
「本当は、この麗しいレンジャーの研究を手伝うつもりだったわけだが」
ザヤがまた目を細めた。
「しかし、これは運命なのか、あるいは、愚挙の結果か、私自身の最近の冒険は彼女と繋がりがあるようでね」
彼はしばらくの間、沈黙が続くのを待った。まだ、待っている。
「ジョエン」
ニュートは嫌そうに手を振りながら口にした。
「パフォーマンスは後回し。詳しいことを教えてくれ」
ジョエンは、恥ずかしそうに笑った。それは彼の昔ながらの癖だった。
「もちろん。もちろんだよ。許してくれないか。私のついこの間までの任務は、オールド・シェリアックスのメナドール山地でのものだったのだ。その地域で新しく発見された洞窟を調査するために派遣されたわけだ。そこで旧友を発見したときの私の驚きを想像してみてくれないか」
この時、ニュートは意味のある沈黙の意味を理解した。彼は静かにその名前を口にした。
「……オールデン」
ジョエンは沈痛な面持ちで頷いた。
「どうやら、アスピス・コンソーシアムもこの発見の噂を聞いたようだ。….厄介なことになったね。慎重な探検ってのじゃなく、オールデンたちが手に入れる前に、あるいは破壊する前に、できる限りのものを見つけて目録を作るという。そう、いわば競争になってしまったわけだ」
ニュートが唸ると、ジョエンは共感の頷きを返した。
「古い洞窟の絵や彫刻、碑文などが次々と発見されてね。……ニュート、あれは素晴らしかった」
ゴブリンは、それよりももっと差し迫った質問をした。
「誰か怪我をした者は?」
もう一度。
ジョエンが首を横に振ると、ニュートは我知らず詰めていた息を、吐き出した。
「危なかったよ」
とジョエンは認めた。
「だが、無事に脱出できた。あのバカどもは壁の向こうの何かを手に入れるために洞窟を壊したんだ。我々はできる限りその場所を守り、その間に我らが盗人達の力をすべて結集した。複製できるものは全て複製したが、あまりにも多くのものがあったからね。どの絵が一番、重要なのかを見極めるのはほぼ不可能だったのだ。来るべき戦いの前に、推測すべきことが多すぎた。私は、いくつかの碑文をトレスしていたのだが、完成させる時間はなかったよ」
「よくやった 」
とゴブリンはつぶやいた。
「エージェントの命が第一だ」
ジョエンは頷いたが、ニュートは情報を失ったことでこの書庫番がひどく傷ついていることを感じていた。
「我々はできる限りのことをして脱出したのだ。我々の力で保存できたものを、私は複製した……巨大な生物について書かれているようだった。つまりその、巨大な生物は、」
「5つの目を持つんだな」
ニュートは推測しながら言葉を続けた。ジョエンが眉をひそめた。
「それ以来、ザヤと私は情報を共有しているのだ。私が保存していたページの中には、完全なフレーズが含まれていた。それを翻訳することが出来たんだ。残りの部分については……クロンバリーの出番だな。彼は言語に長けているから」
「わかった 」
とニュートは頷いた。
「じゃあ、今のところの成果は?」
「バラバラなのですよ」
とザヤは認めた。
「ジョエンのチームは素晴らしい仕事をして、できる限りのことをして下さいました。しかし、それでは断片的な情報しか得られず、推測の域を出ないのです」
ジョエンは自分の手記をニュートに差し出した。ゴブリンはそれを受け取ると、ザヤから数歩離れた場所に座った。モンキー・ゴブリンはうなり声を上げながら、書き込まれた翻訳済みのページに目を通した。
「ファイブ・アイズ……覚醒させられた……んん、んー……古き間違いが正され……縛り付けられることのない、法からも自由で、拘束されていない……死出の願い……」
「失われた洞窟の壁には、こういった記号が何度も繰り返されていたんだ」
ジョエンは、ゴブリンの肩越しに読みながら、言葉を紡いだ。
「特にファイブ・アイズのことが書かれていて、彼の死出の願いについても何度も何度も繰り返されていた」
「ふむ、ここにある「ドラゴンは残らぬ、骨のみ」という部分は何だろう? そしてここでは、それが死出の願いと対になっているね」
ニュートは目を細めてページの一つを批判のまなざしで見ると、小指を本に差し入れてその場所を忘れないようにしながら、数ページをめくって戻った。別の文章を見つけた際、その唇をいらだちのうめきが過った。彼は尻尾をぐるりと巻いてまた別のページを持っておく助けにしていた。
「ふむむ、ここか」
彼の尻尾が、あるページを指した。
「ファイブ・アイズがドラゴン族の時代を終わらせたことについて書かれている。そして、ここ。まただ。これも 『死出の願い』の一部なのか?それとも、彼自身がそうやって死んでいったのかな……?」
「確かなことは分からないわ」
とザヤが認めた。
「予言のように読めるな」
とニュートはうめいた。その最後の言葉は毒々しく、絞り出すようだった。
「そうだね。少なくとも、心配するようなことではないだろうよ」
とジョエンは不敵な笑みを浮かべた。
「今時は、予言ってやつは当てにならないから」
「そうとも」
とクロンバリーは認めた。ようやく、彼は巻物から顔を上げたのだった。
「だが、たとえ我々が研究している伝説のことであったとしても、発見したものを無視するのは愚かな行いであろうよ。ジャルメレイに突如として現れた木々は、何かが起こっているという証左である。備えあれば憂いなしということだ」
ニュートは頷き、そして、ジョエンのスケッチに目を通す作業を続けた。何かが彼を悩ませていた。
「あなたが見つけた木々について詳しく教えてくれないか、ザヤ」
ザヤは頷き、自分自身の鞄の中から自分の野帳を取りだした。
「木々は石化していたわ。それぞれが水面下に続く根を持っていて、鶴の部分は海底に埋まっていたのです」
彼女はページをめくった。
「この木々は全て、らせん状の木目になっていましたが、らせんそれ自体が重なって成長していたのです。まるで本当に、静脈のように見えましたね」
ニュートは何度か、まばたきをした。
「あなたにそのつもりがあったかは分からないけど、あなたのスケッチを見るに、なんだかその木々が尖った歯のように見えるよ。僕にはね」
根。静脈。歯。
それが、彼が覚えておくべきものだった。彼は指をパチリと鳴らした。
「何ヶ月か前、僕は大ムワンギの奥地に行く調査隊にいたんだ。僕らは地元の博物館から盗まれた遺物の調査をしていた。盗賊達はあからさまで有利なターゲットを完全に見逃して、太古の、ほとんど知られてないクリーチャーの石化した意外を盗むことを選んだんだ」
「何が分かったのだ?」
と、クロンバリーが尋ねた。
「答えがあることよりも疑問に思うことの方が多かったね。展示されていたのは、人間の腕の長さをした石化したいくつかの歯と、それから、鋭い先端を持つ、ただコ=クァリと呼ばれているクリーチャーの鱗だった。歯の形からそう呼ばれていたんだ。それ以上のことは分からなかった……ほとんど謎に包まれていたんだ。だけど、教授達はそのクリーチャーを、当時の頂点に立つ捕食者で、ドラゴンが羊を食べるように簡単にドラゴンを食べていたのだろうと信じていたよ」
「なんてことだ」
クロンバリーは青ざめた。
「君の友達はあの方言が分かるみたいだね」
と、ゴブリンは心をふるって発言した。頷きながら、クロンバリーは口を開いた。
「コ=クァリ。五つの点。目ではない」
「つまり……」
ジョエンが息を飲み込んだ。
「つまり、よく聞いてくれよ。ここにいるザヤは新しく形作られた、ファイブ・アイズの巡礼者のための場所を発見した。その場所は石化した、石造りの歯に似ている」
ザヤがうなずいた。
「茶菓子のようにドラゴンを食べる、古いクリーチャーの遺骸が盗まれた。そのクリーチャーは、ファイブ・ポイント、五つの点と名付けられていた」
ニュートがうなずいた。
「……そして。私のチームが洞窟の壁画を発見した。文字通り、壁に描かれたものをね。それはファイブ・アイズのもので、ドラゴン族の時代がいかに終わったかと、死出の願いについてのものだった」
エージェント達の間を長い沈黙が流れていった。ジョエンが自分の手記に手を伸ばすと、ニュートはそれを無言で手渡した。
ジョエンは本を持ち上げ、ある最後の、静かな質問を行った。
「これが伝説ではなく、予言だったとしたなら……いや、これが指示だったとしたら……?」
ニュートは乾いた喉で咳払いをした。
「もしそうなら、僕らの前には長い旅が待っているのだと言わざるを得ないね、ジョエン。伝えたいことを伝えてから、たくさんの答えを見つけなきゃならない。死出の願いがゴラリオンに何をもたらすか、知る前にね」
著者について
Rachael Cruzは、賞を取ったライター兼ゲームデザイナーである。彼女のTRPG作品は膨大な分野にのぼり、Conan: Adventures in an Age Undreamed-Of, Corvus Belli’s Infinity RPG, Dune: Adventures in the Imperium, Fantasy Age, RuneQuest, そして Star Trek Adventuresを含むが、それらだけではない。彼女はそれが素晴らしいことだと知れ渡る前から、ロールプレイをする人たちの手助けをしてきました。彼女はまた、あなたを信じています。そう、あなたです。@Witchwaterで彼女のツイッターをフォローしてください!
Tales of Lost Omensについて
Web媒体の短編創作小説のシリーズであるThe Tales of Lost Omensは、Pathfinderの失われし予兆の時代Age of Lost Omensについてのわくわくするような一幕を提供する。PiazoのPathfinder Talesの小説や短い創作小説を含む、ゲームの関連商品で最も高名な著者達の何人かによって書かれたこのTales of Lost Omensシリーズは、Pathfinderの設定にあるキャラクター、神格、歴史、場所、組織を、ゲームマスターとプレイヤー達を同じように触発するような魅力的なストーリーで紹介してくれる。
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