Tales of Lost Omens :The Promised Price

マーカスは、惨めだった。

国境警備隊に従軍しろ。彼の父親はそう言った。世界を見るんだ。お前の力と内なる炎をシェリアックスに貸し与えろ。兄さんと姉さん達は良い手本になるだろう。母さんは余分に得たお金を使うことだって出来る。

父が従軍した経験がないのは、明らかだった。

メナドール山脈を越える旅は非常に困難なものだった。マーカスはこれまで、シェリアックスの国境を離れたことがなかった。それに、アスクウッドに近づくにつれて景色が変わっていくのはとても不安だった。故郷では、太陽はもっと明るく輝いていた。色あざやかに。日光はきらめき、夜であってさえ、松明やキャンプファイヤーのいきいきとしたオレンジ色や赤色で陽気な雰囲気だった。

ここでは何もかもがくすんでいる。窒息させられている。静かだ。コオロギですら声を立てることに怯え、鳥も警戒して歌うことをやめている。この場所の木々もまた、風変わりだった。節くれ立っていて、でこぼことしており、その枝には不可解なことに、まだ新しい葉がついている。彼は新緑というものがこれほどに無骨で、成長することすら苦痛であるかのようにしているのを、かつて見たことがなかった。

この場所の全体が影に包まれており、静寂に満ちていた。彼らが起こしたキャンプファイヤーですら、迫り来る闇にもがいており、燃える木材のパチパチと弾ける音は叫びを上げてその存在を知らせていた。マーカスは身を寄せ、炎越しに、仲間に辛抱強い視線を向けた。

カレリオはニダルに近しい者として奇妙な孤独に悩まされていたとしても、それを見せない。この男の表情は穏やかで、火を煽って焚き火の命を長らえさせる手つきは安定したのものだった。彼は小さな野営地をもう一度、見回した。再び同僚に落ち着くまで、彼の色濃い瞳は近くにあるあらゆる木々と草むらを調べた。そうして初めて、男の目は僅かに和らぎ、その口元に微笑みが浮かんだのだった。

「ここにはそう長くはいないよ」

カレリオは彼を安心させた。静寂の中に、その柔らかいバリトンが高らかに響いたように思えた。

「良かったよ」

マーカスは呟いた。

「これだったら、山に潜った方がまだマシだって」

彼の同僚は小さく笑った。そしてすぐに、じとりとするような沈黙が押し寄せてきた。空気を変えないと。話題を探してマーカスは尋ねた。

「それでさ、あの……あんた、ここに来たことあるの?」

カレリオは穏やかに笑った。

「ずっと前のことだな。何年も前だ。アスクウッドにこんなに近づいたことはない。昔、キャラバンをやっていた頃だって、アスクウッドに入り込んだりはしなかった。地元の人間は邪魔されるのを嫌がる」

「でも俺たちはここにいるわけだ」

マーカスは溜息をついた。

「俺たちはここにいる」

カレリオは同意した。

「でも、それが命令だ」

若者は溜息をつき、その視線を炎に戻した。彼の背後では、最後の太陽の輝きが、ついに水平線の下に沈み、まるでいつもそこにいたかのように夜がやってきた。夜というものはこれほどに重いはずではないのに、それでも、シェリアックスの兵士を窒息させようとするのだった。マーカスは手にシミターを握ったまま、不安に胃をすくみ上がらせた。今では、小さなキャンプファイヤーは死のような沈黙の中で怒号のように鳴り響いていた。

「そう長くはならないさ」

カレリオが息をついた。

そして、事実、そうだった。

「冒涜者どもめ!」

声が響き、二人の男を即座に立ち上がらせた。

「侵入の代償を!」

攻撃は、どこからともなく行われた。最も近いところにあった木の陰がほんの一瞬だけ長くなったかと思うと、喰らい樹冠から二人の人影が跳び上がった――かたや夜のように黒い影、かたや青白く輝く影が。マーカスが盾を構えることすら出来ないで居る内に、黒い方の生き物が襲いかかってきた。突然の重みに足が取られそうになったが、体を支えて押し込む。金属と木材の間で、歯がこすれるような音がした。剣を持った方の腕は、恐るべき爪の一振りで焼けただれた。

「待て!」

マーカスはカレリオが呼びかけるのを聞いた。

「危害を加えるつもりはない!」

素早く目を走らせると、カレリオは革鎧に身を包んだ細身のエルフと向かい合っていた。エルフが恐ろしい見た目の、樹皮、血液、そして骨から出来ている彫像を握りしめると、そのアルビノの肌とは裏腹の一筋の影がうねった。

呼びかけは遅すぎたのだ。マーカスが見ていると、影は青白いエルフの手から伸び、その指を癒すと、前方へと放たれた。金切り声を上げながら、闇が突っ込んできた。怪物のような高い音を立ててマーカスとカレリオを引き裂いたのだ。一瞬、マーカスは目が見えず、耳も聞こえなかった。ただ、鼻から熱い新鮮な血が噴き出し、顎をくすぐり、髭から滴っていくのを感じた。

かぶりを振って血を払いながら、マーカスの周辺視野は、カレリオもまた影の爆発の影響を受けているが、既に回復して盾とトライデントをエルフに向けているのを捉えた。マーカスは敵に再び向き直ったものの、獣を見失っていることを悟り、一瞬、混乱に襲われた。

そのときだった。再び、炎越しに緑の目を輝かせ、人間も炎も等しく敵だと言わんばかりに唸りを上げるものがいた。炎によってその奇妙な、煙がかった生き物が浮かび上がる。それは猟犬のように動き、唸りを上げ、訓練を受けた犬と同じような大きさと体重をしているが、その存在そのものは揺らぎ、周囲の陰と溶け合っているかのようだった。

その生き物が再び飛びかかってくる様子でなければ、マーカスは質問をしたかった。だが、そうではなかったので彼は腕を構えた。次に飛びかかられた際には、すぐにはこの生き物が忘れることが出来ないような斬撃をくれてやるつもりだった。

幸運なことに、その機会は来なかった。叫びと共にカレリオがエルフに突進したのだ。「我らが主ゾン=クーソンの名において、貴様を拘束する!」と。

待ってくれ……「我ら」とは?

少なくとも、それはカレリオに待ちわびたチャンスを与えた。アルビノのエルフが指をくいと引くと、奇妙な、陰で出来た猟犬はマーカスから距離を取った。だが、そのこの世のものならぬ目はひたりとマーカスに向けられたままだった。目を大きく広げ、盾を掲げたまま、マーカスは警戒を怠ることなく、浅く呼吸をしながら口の中に広がる銅の味がする血を吐き出した。彼は仲間に向かって一歩、近づいた。

「我らが真夜中の主を崇めると主張しながら、我らが大地をその不浄で穢すなど、言語道断だな」

エルフは吐き捨てながら、焚き火に敵意の視線を投げかけた。

カレリオは一瞬、考えを巡らせてから静かに話をした。

「マーカス。火を消してくれ」

マーカスはその命令に疑問を差し挟みたくて仕方がなかったが、今ここではそれが賢明でないことを知っていた。彼は注意深く、その作業を行った。敵から目を離したくなかったので。作業をしている間にカレリオが言葉を続けるのが聞こえた。

「影を信じる者を呼び出すのに最も効率が良い方法だった。我々の責務は重大なのだ」

「小さな影の民よ、お前の責務など我々には重要ではない」

エルフは不敵な笑いを浮かべた。

「我々を呼び出すには、対価が必要だぞ」

「喜んで支払おう」

カレリオは単調な声音でそう言うと、剣を鞘に収めた。

「シェリアックスとニダルは何年も前から同盟を結んでいる。我々の炎が燃えさかり、ニダルの影を深くする。そして今、シェリアックスは君達の宗派の専門知識を必要としているのだ」

「アスクウッドのドルイドが光ある土地で起きていることを気にする必要などあるか?」

エルフは嘲笑した。もう一度、彼が指をくいと捻ると、影の猟犬が従順そうにエルフの足下に近づいて座った。

最後の炎のまたたきが消えると、木材が焼けた煙と暗闇だけが残った。緑に輝く影の猟犬の目は、邪魔な焚き火がなくなって一層、明るく見えた。エルフの青白い肌はこの状況では簡単に目にすることが出来る。彼は隠れようともしない。その必要もないという様子だった。

「なぜならば。真夜中の主と我々の政府、双方にとって最大の関心事となるであろう謎があるからだ」

カレリオは穏やかに答えた。

エルフは溜息をついた。

「続けろ」

マーカスは息をついた。カレリオの命令は正気とは思えなかったが、うまくいったのだ。

「最近、我々はメナドール山脈で岩の中に空洞があるのを発見した。これは不運にも実験が失敗したのか、恐らく、隧道の弱っている部分が時間経過で崩れたのだと思っていたが、瓦礫を取り除いてみたら奇妙なものが出てきた。山の石とは違う、多孔質の巨大な石だった。ねじれた石筍の先端が尖っているという形だった。他の瓦礫にぶつかっているはずなのに……まるで、出来たばかりのようだった。そして……、泣いているように水を滴らせていた」

ドルイドは沈黙したまま、青白い眉毛をひそめてカレリオの言葉について熟考していた。

「石から水が流れてくるような場所はなかった。近くには水源もないが、我々はこの目でそれを見たのだ。誓ってもいい。あの石は涙を流していた。君の宗派は影を専門としていて、我々よりも遥かに自然の摂理を理解している。この物体は堅固な石であったものの影に生息しているように見えるのだ。しかも、この涙する石の本質が魔法や霊的なものであるならば、アスクウッドのドルイド以上に苦しみについて知る者はないだろう」

カレリオは一拍置いてから、くぐもった息を呑み込み、そして最後に付け加えた。

「この発見は君の主人と我々の主人、双方によって神の恩恵になるかもしれない。我らが真夜中の主にかけて、君達にあらゆる対価を支払おう。力を貸してくれないか?」

マーカスはアルビノが、まるで影そのものに耳を傾けているかのように頭を傾けたのを見た。長い沈黙の後、彼は頷いた。カレリオは安心し、僅かに気を緩めて呼吸をしたようだった。

「ありがたい」

「感謝をするには早いな」

エルフの軽蔑混じりの声が響いた。

「今は共に旅する仲間かもしれないが、ゾン=クーソンは相応の報いを与える。お前はあの方に対する侮辱の代償を支払うことになるのだ」

エルフの長い、白い髪の毛が水のように輝いた。彼は消え失せた炎に視線を向けたまま頷いた。その桃色がかった瞳が視線を上げ、マーカスを見据えた。

「お前もだ」

影の猟犬がマーカスを見て舌なめずりをした。

マーカスは胃がぐっと重くなるのを感じた。突然のことだったが、彼は任務の成功にそこまで安心できたわけではなかった。二人きりになったらカレリオにぶつけたい質問が沢山ある……もし、二人きりになれるなら。

そうはいかないだろうが。


著者について About The Author

Rachael Cruz は賞を受賞したことがあるライター兼ゲームデザイナーである。彼女のTRPGにおける業績はConan: Adventures in an Age Undreamed-Of, Corvus Belli’s Infinity RPG, Dune: Adventures in the Imperium, Fantasy Age, RuneQuest, そして Star Trek Adventuresに限らず、数々の作品で見いだすことが出来る。彼女は、素晴らしいことだと言われるようになるより先に、人々がロールプレイをする手助けをしてきた。彼女は君を信じている。そう、君を。@Witchwaterで彼女をフォローしよう。

About Tales of Lost Omens

The Tales of Lost Omens series of web-based flash fiction provides an exciting glimpse into Pathfinder’s Age of Lost Omens setting. Written by some of the most celebrated authors in tie-in gaming fiction and including Paizo’s Pathfinder Tales line of novels and short fiction, the Tales of Lost Omens series promises to explore the characters, deities, history, locations, and organizations of the Pathfinder setting with engaging stories to inspire Game Masters and players alike.

Tales of Lost Omensについて

Tales of Lost Omensについて
Web媒体の短編創作小説のシリーズであるThe Tales of Lost Omensは、Pathfinderの失われし予兆の時代Age of Lost Omensについてのわくわくするような一幕を提供する。PiazoのPathfinder Talesの小説や短い創作小説を含む、ゲームの関連商品で最も高名な著者達の何人かによって書かれたこのTales of Lost Omensシリーズは、Pathfinderの設定にあるキャラクター、神格、歴史、場所、組織を、ゲームマスターとプレイヤー達を同じように触発するような魅力的なストーリーで紹介してくれる。


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