Tales of Lost Omens:七回目の落第

16.528……7を動かして……。

泰平は頭の中で数字を押さえこもうとしたが、ジタバタと踊るだけで終わった。だが、なんとかなりそうだ。硯に筆を浸し、右手首の裏、金色の肌に銀色の点が正確な間隔で浮き上がっている箇所を見つける。点を10個、数えた。その両側に線を引き、7個の点を墨で覆えば残りは3つだ。さて……軌道係数は何だったかな……。一瞬、答えに近づいた気がしたところで、スズムシの鳴き声が、茶室から書斎になってしまったその部屋に響いた。

余りや小数、そして係数はすぐにどこかへいってしまった。泰平はうめき声を上げ、紙をくしゃくしゃにして、隅へと投げ捨てた。遠くで鐘が鳴る。彼は筆箱から大きく切り欠いた金属棒を取り出し、時間を示すために小さな切り込みを入れてから、戸口のそばにある洗面器で体を洗いに行った。もう1時間、もう1年。

雪が降る数ヶ月後には、天文寮の入学試験が行われるが、泰平はまた手ぶらで帰るわけにはいかなかった。既に6回も試験に落ちているのだ。恥は増すばかりだ。この公式の半分も現場では使わないだろう。そのために計算盤や数字の使い魔があるのだから。泰平はただ、星の中を覗いて、空を流れる彗星を図にしてみたいのだ。だがプログラムに参加できなければ永遠に地球にとどまることになるだろう。

勉強に戻る前に、お気に入りの星座を見つけてもいいことにしてみたが、隣家の柿の木の間からは何も見えなかった。柿の木は彼をあざ笑っているかのようだった。その木は泰平が見ていない間にいつの間にか、紅葉とオレンジ色の実ですっかり中庭を占拠していた。それは少なく見積もっても、かなり絵になる光景だった。柿……中庭……そして中秋の名月。鯉の住む池の近くには小さなキツネまでいる。

「ただのキツネになれたらね。軌道や試験を気にする必要がなくていいよな」

「……ワガハイは大学で2つの学位を取得しているということを知らせておこう。つまり、心配ご無用ということだ」

淡々と、狐が喋りだした。

キツネは泰平に一礼すると、4本の足で前へと歩みを進めたが、戸口にたどり着くまでに足は2本になっていた。

「それから、ワガハイの用が済めば、キミの心配もなくなる」

「泰平、新しい家庭教師さんが来る前に、掃除をするのよ!」

母親が家の中から声をかけてきたが、残念なことに、遅すぎた。泰平は恥をかいてしまった。泰平は恥じいったまま引き戸を開け、床に座布団を置いたが、男はその横を通り過ぎて、座卓の端に腰を下ろした。

「それで、なのだが。なにゆえキミは試験に合格できないのだね? まさか単に……」

教授は泰平を観察し、彼の腕から金色の光がちらついているのに気づいた。

「よくは分からないのだが、アフォライト(訳注:秩序の次元界の種族)か?」

秩序の次元界であるアクシスの元に生まれたからといって、三角法や微積分の知識がすぐに身につくと思っているのだろうか、と泰平は憤慨した。だが彼はマナーを守って感情を顔に出さないようにした。

「残念ながら数学は一番、苦手なんです。現実の世界で数字がどのような意味を持っているのか、よく分からないので」

「それならば」

と、エルフの姿を取ったキツネが拳を握って咳をした。彼がその手を開くと、その中には柔らかな青い輝きを放つ、不思議な水晶の球体が鎮座していた。

「こうしよう。試験に出る可能性がある質問を全て、キミにたたき込む。そうしたら、理解などしなくとも、試験に受かる」

彼がその球体を軽く叩くと、球体は部屋を横切ってホバリングし、泰平の正面へとやってきた。

「次の質問の答えを書くように。すぐに始めたまえ」

この斬新な教育方法に泰平が戸惑いを隠せないうちに、球体は声を発し始めた。

『他次元界生命体の錬金術的構成要素として最も一般的な17種類を、最も親和性の高い天体のアルファベット逆順に、オークターンから列記せよ』
『この通過彗星モデルの軌道をフェイ・トロイド構造と……』
『6等星の平均密度はいくらか。ただし、正のエネルギーのゲートウェイはギョエンの第三定理に関連があるものとして……』

泰平はすぐに、その素早さと容赦のなさに圧倒された。彼は必死に答えようとしたが、書き始めてすぐに先生が咳払いをした。

「試験問題は258問ある。平均して90秒に1問のペースで解いていかなければならないぞ」

「は、はい……もちろんです、先生」

泰平は必死になって考え方を立て直そうとした。球体は続ける。

『Xを求め、テレポーテーションの不正確さの最小値を導け。ただし、召喚士が使っているのは……』
『10体の人型生物ガンジの助手と1体の優秀なキツネの教授がそれぞれ平面音叉を持っていると仮定する。そうすると……』

待てよ、何だって?

「いいかね」

再び、教授が割り込んできた。

「問題を視覚化する方法を見つけたらどうだね? 感覚的なものでも構わん。昔は姿を変えるのが苦手だったものだが、今の私を見てみたまえよ!」

教授が長いエルフの耳を揺らすと、それはキツネの耳に戻った。

「キツネであることに関連した感覚、例えば足の下の草の感覚を思い浮かべるだけで、キツネの姿に戻ることが出来るのだよ」

「それは……」

泰平は、どうすれば先生に黙っていてくれと丁寧にお願いをするかを探すのに言葉を詰まらせた。その間に彼は、坂壁を出る2つの船(1つは正午、もう1つは真夜中)についての質問を見落としていました。

「大変、参考になりますね…………」

『前述の優秀なキツネの教授は、3日間の惑星探検を計画している。学生たちが幾つの油揚げを彼にプレゼントすれば、食料が……』

「おお! これは非常に重要な質問だ!」

教授は全くの邪魔だった。泰平が顔を上げると、彼は完全にキツネの姿に戻っており、今や机の上を歩き回っては泰平の硯を踏みつけていた。

「先生、僕の模試に肉球の跡がついているのですが」

と、太平は神経を尖らせながら訴えた。

『Xを求めよ。ただし、Xは基本的な演算をするのに腕に落書きをしないと出来ないアフォライトが何年後に入試に挑戦するかを示しており……』

「もう、こうしてやる!」

泰平は球体を空中からつかみとり、戸口まで走って行った。中庭に視線をやると、隣家の軒下にツバメが巣を作っているのが見えた。その瞬間、泰平はオーブを巣に投げ入れてやろうと思ったが、木が邪魔をして視界が取れそうになかった。

まあいいや。どうにかなる。

泰平は中庭中に視線を巡らせながら、角度や力加減を測っていた。心が……いや、広がっていくのではない。正確には、その反対だ。繋がる。点と点。目的意識が結果に結びついていく。泰平は球体を投げた。まだ手を離れてもいないというのに、完全な軌道を感じた。球体は池の表面を2度、飛び跳ねた。中庭の壁のタイルにぶつかって回転し、空高くへと飛び上がっていく。そして、微風によって軌道を僅かに左側に変えながら、秋の夜を踊るように、木々の枝のさなか、放棄された巣の中へと落ちていった。

落ちてすぐに、何か奇妙なことが起きた。泰平が避けようとしていた木立が夜空に輝いて浮かび、幽幽とした青い炎へと変化していった。そして、泰平が目を擦り終えた時にはもう、それは消え去って再び空が見えるようになっていた。ツバメの巣には、青い球体ではなく、焼き栗がすっぽりと収まっていた。

はあ。

「……係数は0.92だったな」

泰平は独り言を呟いた。完全に、解こうとしていた質問のことを思い出していた。教科書の全てのページも。今朝、下駄の片方をどこに忘れたのかも。この奇妙な明瞭感は、来たときと同じくらいに静かに去って行ったが、その結果、ここ数年よりも少しだけ、試験のことを理解出来たような気がした。

「うん、非常に素晴らしい! キミはどうも、行動することでよく学ぶことが出来る類いの生徒みたいだ。これからの人生はもっと楽しくなるよ」

泰平が机に視線を戻すと、そこには栗の入った袋をつまんでいるエルフの姿があった。教授が手首をひらりと動かすと、光る球体が再び彼の手の中に現れた。そして、彼はこともなさげにそれを空中に放り投げたが、何も落ちてくるものはなかった。彼が戸口に向かって歩き出し、ローブの下から一本の尻尾を振ると、幻想的な方程式やベクトルが現れて中庭中の発光する物体に対して飛び散っていった。それは、泰平が投擲した軌道を段階ごとに正確に、そして明確に、詳細な数式と共に照らし出した。

「思ったんですけど」

泰平は、ゆっくりと言った。

「先生は、今までで最悪です」

「……何故だろうか。ワガハイ、それをよく言われるのだよね」

キツネはむっとしたようにそう言った。泰平に栗を1つ投げると、彼は7つの栗を一度に口に入れた。

「さあ、もう一度だ! 今回は一つ一つ、計算してみよう」


著者について
James CaseはPaizo社のデザイナーで、Pathfinder Roleplaying Gameの制作に携わっている。RPG製品の執筆と開発に加えて、科学的な見地に基づいて原稿を編集したり、音楽レーベルのために曲を翻訳したり、少なくとも1回の誕生日パーティーで泡を吹いたりもしている。彼のゲームデザイン(とコンマの使い方)についての考えは、ツイッターの@toriariariaで知ることができる。

Tales of Lost Omensについて
Tales of Lost Omensについて
Web媒体の短編創作小説のシリーズであるThe Tales of Lost Omensは、Pathfinderの失われし予兆の時代Age of Lost Omensについてのわくわくするような一幕を提供する。PiazoのPathfinder Talesの小説や短い創作小説を含む、ゲームの関連商品で最も高名な著者達の何人かによって書かれたこのTales of Lost Omensシリーズは、Pathfinderの設定にあるキャラクター、神格、歴史、場所、組織を、ゲームマスターとプレイヤー達を同じように触発するような魅力的なストーリーで紹介してくれる。


このページはPaizoのコミュニティ・ユース・ポリシーに基づいて、Paizo Incの商標あるいはコピーライトを用いています。
このコンテンツの使用あるいはアクセスについて料金を頂くことは禁じられています。
このページはPaizo Inc.の出版物ではありませんし、保証を受けているものではありませんし、特に認可を受けたものもでもありません。
Piazoのコミュニティ・ユース・ポリシーについての更なる詳細については、paizo.com/communityuseを参照して下さい。
Paizo.IncとPaizo製品の更なる詳細については、paizo.comを訪問して下さい。
paizo.com

“This page uses trademarks and/or copyrights owned by Paizo Inc., which are used under Paizo’s Community Use Policy. We are expressly prohibited from charging you to use or access this content. This [website, character sheet, or whatever it is] is not published, endorsed, or specifically approved by Paizo Inc. For more information about Paizo’s Community Use Policy, please visit paizo.com/communityuse. For more information about Paizo Inc. and Paizo products, please visit paizo.com.”

元ブログ

タイトルとURLをコピーしました